Gibson Custom Murphy Lab

The Art of Strings

予定調和、一切なし。

エイジングのアルティザンたちが手掛ける珠玉の名器と、至高のレジェンド・プレイヤーの共鳴。
ここでしかあり得ない、極上の時間を、今あなたに。

THE ART OF STRINGS とは

希少性が高く入手困難なヴィンテージ・ギターの塗装の経年変化と弾き心地を忠実に新製品上で再現する特殊技術、エイジング。これを施されたギブソン・ギターの最高峰『ギブソン・カスタムショップ・マーフィー・ラボ』を、当代随一のギタリストが心行くまでプレイする動画シリーズ。

The Art of Strings vol. 5

北島 健二 Kenji Kitajima

Profile

19歳でプロになり、40年以上にわたり超一流と評価されてきた、日本を代表するギタリスト。レコーディング、ライブセッションにおいて絶大な信頼をおかれ、長きにおいて日本の音楽界を支え続けてきた。アーティストとしても1981年にリーダーアルバムを出しソロデビュー。その後自身のバンド、FENCE OF DEFENSEを結成。現在も活動を続けている。1996年にはジェフ・ベックが在籍していたBBAのカーマイン・アピス(Drums)、ジミー・ペイジのバンドでも活躍したトニー・フランクリン(Bass)、田村直美(Vocal)と共にPEARLを結成。プロのミュージシャンからも高い支持を得ながら、近年はエンジニアもこなせるプロデューサーとしても活動の幅を広げ、若い才能の発掘にも力を発揮している。また、水樹奈々を始めとする数々のアーティストのLIVEにサポートとして参加。プロデビュー以来片時も休まず精力的に活動している。スピーディーでスリリングなギタープレイはアマチュアのギターキッズのみならず、現在プロとして活躍している多くのミュージシャンからも憧れの的、目標として注目を浴び続けている。

THE COLLECTION: 北島健二

北島健二が愛用するギブソンを紹介

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"Morning Sun"
"A Criminal Aesthetics"

Photos 収録の様子

Interview 収録後インタビュー

2022/10/28 at ON AIR Okubo Studio
Interviewer: Tak Kurita Gibson Brands Japan
Special Thanks: Jun Sekino

北島さんが全幅の信頼を置いているレスポール・クラシック・プラスのチェリーですが、譲り受けたものですよね?
叔父さんの形見です。もう亡くなられて随分経つんだけども、僕がこういう仕事なんで「ぜひ使ってもらいたい」って叔母さんから譲り受けました。

初めて弾いた時に何か感じるものがあったのですか?これはいいなとか、使えそうだなとか。
「ライブで使ってみよう」と思って、何回か使っているうちに「これ、すごい良い楽器だな」ってわかってきて。やっぱり大きな音で人前で鳴らしたほうがわかるので。徐々に好きになったという感じですかね。

良い楽器と感じるものと、そうでないものとの違いって何でしょう、一言でいうと?
一言のほうが難しいな(笑)

何言でも大丈夫ですよ(笑)
担当はギターなんでギターでいうと、1弦から6弦までの差があまりないっていうのが一番大きいですかね。良くない楽器は6弦の音が太すぎたり1弦の音が細すぎたりするんですけど、良い楽器は6本の弦がわりと同じところにいるというか、音を作る時にかたまり感が出しやすいですね。

出音のバランスが良くて、音がひとつのかたまりになって出てくるイメージですかね。
そうですね。

では、今日お持ちいただいたレスポールが北島さんのギブソンのベンチマークになっていると思いますが、収録に使用されたマーフィー・ラボは、自身のものと比べて「違うな」とかありましたか?
レスポールを何本も、人のも含めて弾いてきたけれども、けっこう個体差があるなと思っていて、その中では(メインのレスポール・クラシック・プラスと今回弾いたレスポールが)ちょっと似たところがありますね。さっき言った1弦から6弦までのバランスがすごく揃っているので、そういう意味では弾きやすいですね。

もう1本のSGはどうでしたか?
高校2年の時、アルバイトでお金を貯めて初めてギブソンのギターを買ったのがSGです。なぜならば、レスポールは35万くらいしたんですけど、SGだと22万5千円かな。レスポールが欲しかったけど高かったのでSGを買って、高校2年、3年の途中まですごい弾き倒してたんで、SGはちょっと愛着があるんですよね。その時買ったやつが、すごく太いネックで。今回のはレスポールがそれに近い太いネックだったけど。SGを弾き倒した後は、わりと薄いネックは弾きづらいなっていう・・・。太いネックに慣れてしまった。そういう思い出があります。

当時SGを弾くにあたって参考にしたギタリストとか音楽とか、バンドってありますか?
楽器によって変わるってことは多分そんなになくて、ずっと小学校から中学、高校まで、当時リアルタイムで流れていたバンド、アーティストで好きなものをコピーして弾いていたのが、「ついにギブソンを持ったんだぞ」ってことで、だいぶ個人的にはあがって、より熱心に運指練習をしたりとか、モチベーションがあがったってのはありますね。

キャリアの初期に使われていたESPのSTタイプは、最初は3シングルコイルだったものを後にハムバッキング・ピックアップにモディファイされたのですか?
もとはといえばアル・ディメオラが、ディマジオのピックアップをレスポールに換装するっていうことを流行らせて、「ピックアップって変えていいんだ」って僕らもびっくりして。で色々なメーカーが出てきたと思うんだけれども、先ずビル・ローレンスのピックアップに替えましたね。(シングルコイル・サイズのハムバッカー/L-220 x3)多分その時、マクサス/マイケル・ランドウにすごく感動してたんだけれども、「彼がビル・ローレンス使ってるんじゃないか」っていう不正確な噂が流れて、「ヨシ!」って替えてみて、しばらく使って、それから「やっぱり、ハムバッキングいいな」って、ハムバッキングに替えてからずっとそのままですね。

キャリアの中でハムバッキング・ピックアップがほとんどいっても過言ではない?
そうなんですよ。ギブソン/フェンダー論争ってのがありますけど、僕はハムバッキング・マイクがついていればそれでいいっていう。「ハムバッカー」なんですよね。まあそういいながら最近シングルコイルをよく使うんだけど。基本は中学からずっと「ハムバッカーが付いてれば満足」っていう。そのトーンが一番好きで、自分のキャラクターだと思っています。

The Art of Strings vol.5 KENJI KITAJIMA Interview

2022/10/28 at ON AIR Okubo Studio
Interviewer: Tak Kurita Gibson Brands Japan
Special Thanks: Jun Sekino

北島さんが全幅の信頼を置いているレスポール・クラシック・プラスのチェリーですが、譲り受けたものですよね?
叔父さんの形見です。もう亡くなられて随分経つんだけども、僕がこういう仕事なんで「ぜひ使ってもらいたい」って叔母さんから譲り受けました。

初めて弾いた時に何か感じるものがあったのですか?これはいいなとか、使えそうだなとか。
「ライブで使ってみよう」と思って、何回か使っているうちに「これ、すごい良い楽器だな」ってわかってきて。やっぱり大きな音で人前で鳴らしたほうがわかるので。徐々に好きになったという感じですかね。

良い楽器と感じるものと、そうでないものとの違いって何でしょう、一言でいうと?
一言のほうが難しいな(笑)

何言でも大丈夫ですよ(笑)
担当はギターなんでギターでいうと、1弦から6弦までの差があまりないっていうのが一番大きいですかね。良くない楽器は6弦の音が太すぎたり1弦の音が細すぎたりするんですけど、良い楽器は6本の弦がわりと同じところにいるというか、音を作る時にかたまり感が出しやすいですね。

出音のバランスが良くて、音がひとつのかたまりになって出てくるイメージですかね。
そうですね。

では、今日お持ちいただいたレスポールが北島さんのギブソンのベンチマークになっていると思いますが、収録に使用されたマーフィー・ラボは、自身のものと比べて「違うな」とかありましたか?
レスポールを何本も、人のも含めて弾いてきたけれども、けっこう個体差があるなと思っていて、その中では(メインのレスポール・クラシック・プラスと今回弾いたレスポールが)ちょっと似たところがありますね。さっき言った1弦から6弦までのバランスがすごく揃っているので、そういう意味では弾きやすいですね。

もう1本のSGはどうでしたか?
高校2年の時、アルバイトでお金を貯めて初めてギブソンのギターを買ったのがSGです。なぜならば、レスポールは35万くらいしたんですけど、SGだと22万5千円かな。レスポールが欲しかったけど高かったのでSGを買って、高校2年、3年の途中まですごい弾き倒してたんで、SGはちょっと愛着があるんですよね。その時買ったやつが、すごく太いネックで。今回のはレスポールがそれに近い太いネックだったけど。SGを弾き倒した後は、わりと薄いネックは弾きづらいなっていう・・・。太いネックに慣れてしまった。そういう思い出があります。

当時SGを弾くにあたって参考にしたギタリストとか音楽とか、バンドってありますか?
楽器によって変わるってことは多分そんなになくて、ずっと小学校から中学、高校まで、当時リアルタイムで流れていたバンド、アーティストで好きなものをコピーして弾いていたのが、「ついにギブソンを持ったんだぞ」ってことで、だいぶ個人的にはあがって、より熱心に運指練習をしたりとか、モチベーションがあがったってのはありますね。

キャリアの初期に使われていたESPのSTタイプは、最初は3シングルコイルだったものを後にハムバッキング・ピックアップにモディファイされたのですか?
もとはといえばアル・ディメオラが、ディマジオのピックアップをレスポールに換装するっていうことを流行らせて、「ピックアップって変えていいんだ」って僕らもびっくりして。で色々なメーカーが出てきたと思うんだけれども、先ずビル・ローレンスのピックアップに替えましたね。(シングルコイル・サイズのハムバッカー/L-220 x3)多分その時、マクサス/マイケル・ランドウにすごく感動してたんだけれども、「彼がビル・ローレンス使ってるんじゃないか」っていう不正確な噂が流れて、「ヨシ!」って替えてみて、しばらく使って、それから「やっぱり、ハムバッキングいいな」って、ハムバッキングに替えてからずっとそのままですね。

キャリアの中でハムバッキング・ピックアップがほとんどいっても過言ではない?
そうなんですよ。ギブソン/フェンダー論争ってのがありますけど、僕はハムバッキング・マイクがついていればそれでいいっていう。「ハムバッカー」なんですよね。まあそういいながら最近シングルコイルをよく使うんだけど。基本は中学からずっと「ハムバッカーが付いてれば満足」っていう。そのトーンが一番好きで、自分のキャラクターだと思っています。

ハムバッカーの中で好みはありますか?例えばハイパワーか、パワーそこそことか。
たとえばひとつの楽器のピックアップを替えて、元のピックアップの楽器と二つともあったとして、その場で鳴らしたら音がでかい方に負けちゃいますよね、人は。ピックアップの高さ調整ってのを僕はよくやるんだけど、ギリギリまで上げればそれで良いものではないっていう。上げるとパワーは出るしクッキリするんだけども、下げたときの、何ていうのかふくよかさみたいな。サステインも弱くなるんだけども、エレキ・ギターにはありがたいデヴァイスがいっぱいあるので、すごく歪むファズかなんか繋げたら最終的に出る音は良いものが出たりするので。ピックアップは何が好みってのは、今のところリファレンスはダンカンの59でしたっけ?(SH-1/59モデル)やっぱり古いギブソンをシミュレートしているっていう。バキバキにはパワーが無いほうが、その後のイジリがいがあるかなって僕は思っています。

過度なハイパワーではなく、楽器自体の音を自然にアウトプットしてくれるっていう。
そうですね。やっぱりハムバッカーの中でもニュアンスをちゃんと出したいなっていうのがあるので。いたずらにハイパワーじゃないほうが表現力があるんじゃないかなと感じてます。

その表現力に触れたいと思ってたんです。収録を見ていたところ、ボリュームのコントロールで歪の量を加減していますよね。ソロにいくときはボリューム・マックスとか。
そうですね。ライブ仕様みたいな感じかな。レコーディングではあまりそういう事はしないけど。オーバー気味に歪ませておいて、ちょっとボリュームを下げるとニュアンスが出やすいっていう。

北島さんのサウンドって、歪んではいるんですけど1音1音がクリアで輪郭がはっきりしていて、ピック弾きなんですけど指弾きで弾いているかのように表現力というかニュアンスをものすごく大切にして弾いている印象を受けました。そういう演奏をするにあたり、「アンプ、エフェクターは、こうセッティングする」っていうのはあるのですか?
まさに今言われた輪郭っていうのはすごく自分が大事にしていて、「こっから自分だ」っていう、「ここからオレだからね」みたいな。そういうのは常に意識しています。特に同じ楽器が複数ある場合、すごく大事なサウンドが混ざってよくわからないような「自分はどこにいるんだ」っていうのが分かりにくくなるのは嫌なので、輪郭を出すっていうのが一番の命題ですかね。

北島 健二

今日の演奏のサウンドは僕ら世代というか、おそらくはマーフィー・ラボというエイジド製品に惹かれる世代として嬉しかった。「やっぱ、これだよな」って。マーシャルとレスポール、SGで、そこにプレイヤーの表現/入力によって出てくる出音っていうのがロックの王道というか、「そうだよな、こういう音を聞いてきたんだな」って。とはいえ、最近はデジタル系のアンプも高性能になってきてギタリストの方でも使い分けるパターンが多いですよね。
そうですね、僕も使っているし。いろんな音のキャラクターがある中のひとつなのかなって思うんです。自分の音でも昔悩んだこともあるけど、今は「自分は毎日違う」っていうふうに思っているんです。スタジオでセッティングしっぱなしのアンプとマイクとで5日間くらいギター・ダビングするような時、そのまんま放っといて帰って翌日また来てそのまんまやるって時に、昨日と音が違うんですよ。「アレッ、音違うなぁ、なにも変えてないのに」って。それが最初は嫌だったけど、「自分は毎日違う」っていうことにしたらすごく安心して。音っていつも違う、変わることが普通で。だからデジタルの話に戻ると、そういうデジタルのアンプのキャラクターっていうのがあるって思っていて、その中で自分が気に入ったものを作ればいい。色んな種類の楽器があるように、デジタル製品、アナログのアンプ、エフェクターっていう。だからもう、そんなにデジタルだからどうこう、アナログだからどうこうってのは、あまり考えてないですね。

あえて線引する必要はない?
線引する必要はない。特色は自分なりにちゃんと掴んどかないとってのはあるけれど、そこに線があるってことはないですね。

昔からコンパクト・エフェクターであんなにシンプルなセッティングではないですよね?時代によっては冷蔵庫みたいなラックを組んだりとか?
冷蔵庫ありましたよ。ローディがかわいそうな感じの「これ持たせるのか」みたいなの。まあ流行りですからね、あれもね。もう無くなっちゃいましたね。今またコンパクトを足元いっぱい置いてあるじゃないですか。あれやりたいなって今頃思うんだけど、若者は最近オール・イン・ワンの方に流れていってるって話を聞いて、ますます組もうかなって。やっぱり人と違うことをやりたいので。でも、組むのは“歪み”。この前40代ぐらいの同業者と話して、彼の機材を見て、大きなボードに10何個くらいエフェクターがあるんだけど、その内半分歪みで、「気に入った!」って思って、今グッときてます(笑)

そこに行くかもしれない?
そこに行くかも・・・。

ファズだけで3つ入ってたり?
いいですねー。

次は北島さんのキャリア、ミュージシャンとしての過去から今までのことに入っていきたいです。最初はスタジオ・ギタリストの活動ですよね。
一番最初はライブをやったんで、その後です。

僕らの記憶だと昔の歌謡曲って歌手の方が前にいて、後ろがビッグ・バンドでしたよね。
そうですね、(ダン)池田さんとかね。

それがいつの頃からかバンド・スタイルになっていくじゃないですか、バックが。
そう・・ですね。

楽器の編成が変わったのでアレンジも変わっていって。海外のポップスとか、そういうものの流れから、その方向に行ったと思いますが、その変化の時ってどういう状況だったのですか?
色々な要因があると思うんだけれども、僕の感覚でいうとTOTOのような、ああいう集団があって、バッキング・ミュージシャン/セッション・ミュージシャンなんだけども、アーティスト性があるっていうのに憧れがありました。昔のシステムを知っているわけじゃないんで話にしか聞いてないけれども、オーケストラっていうかビック・バンドがいて、「せーの」で録る時代から、だんだん日本は変わってきて、その中でアレンジャー/編曲家の人が全部演奏を指定するんじゃなくて、ミュージシャンを呼んで「ここをこんな感じにしたいんだけど、どう?」みたいな感じで、その人がミュージシャンひとりひとりからヘッド・アレンジのアイディアを引き出すっていう。それで昔にはなかった新しいエッセンスというかアレンジの方向へ変わってきた中に、ちょうどタイミングよくというか、入っていったんじゃないかなと思うんですよね。自分はそれがすごく得意なのかどうかは今でもわからないけど、わりと僕ハードロック小僧だったので、自分の好きな形で弾くと喜んでもらえることが多くてラッキーだったなと思います。

以前のスコアが用意されていた時代から、アレンジャーの方がミュージシャンの方が持っている引き出しの中から気に入ったものを選ぶ時代になった?
そうですね。

先ほどハードロック小僧とおっしゃっていましたけど、ジェフ・ベックはもちろん、ラリー・カールトンとかスティーヴ・ルカサーとかロベン・フォードとか、そういうものも薫りますよね、北島さんのギターからは。
やっぱり好きでしたよ。そこから本格的にジャズ/フュージョンにいくかっていうと、いかない。そこからもう一歩足を踏み入れようとすると、自分はあんまり興味がないみたいで。ロベン・フォードのジャズのスケールにいきそうになってすぐ戻ってくるみたいな。あの時代が一番好きだし、常にスリリングっていうのかな。でもカールトン大好きでスティーヴ・ルカサーも大好き。

時流というか最先端のものも押さえつつ、自分の軸はやっぱりこれだってものがきっちりあったということですね。
それは自分は意識していない動きようのない自分の好みが変わらずあると思うので、それが自分の個性になっているかもしれない。

アレンジャーの方からすると、「これ録るんだったらあの人だ」、「これ録るんだったら北島健二だ」っていう感じですかね。
僕を呼ぶときのエッセンスっていうのがね。例えば「リフをここに入れたい」ってなった時、今まで経験のない人が頑張ってリフのメロディ書くよりは、散々そういうのをやってきた人を呼んで、「なんかあの曲のあれみたいなやつ」、『こんなのかな?』、「いや、そうじゃなくて」、『じゃあ、こんなのかな?』、「あっ、それそれ」っていう。その方が直球で早いですよね。

その流れで北島さんが呼ばれた楽曲、アーティストが吉川晃司さん、アン・ルイスさん、あと尾崎豊さんもそうですよね。
やりました。

アン・ルイスさんの「六本木心中」、代表曲ですけれど鳥山雄司さんと2人でギターを録った?
そうなんですよ。伊藤銀次さんアレンジで。銀次さんにもよく呼んでもらったけど、彼はちゃんとビジョンがあって。リズム・ギターの感じは新しいサウンドとエッセンスみたいな。多分ラインで録ってるんじゃないかな。で、被ってくるリード・ギターは“情熱バリバリ”みたいな感じのを上に乗せるっていう。僕はギター・ダビングに行って、もうリズム録りは終わってて、「チャッ、チャッ、チャーン、チャララ、チャラララ」はもう入ってて。

それが鳥山さん?
よく人に聞かれるんだけど、「あれは、鳥山雄司が弾いています」。

当時、鳥山さんとは一緒になることが多かったのですか?
鳥山君もたまにあるけど、僕、意外に鈴木茂さんとツイン・ギターで呼ばれることが何回かあって。僕もすごく好きな尊敬するギタリストなので嬉しかったし、何かちょっと相性いいみたいなのがありますね。

歌謡曲にハードロック風のギターを取り入れた第一人者が北島さんだと思うのですが、当時同じようなスタイルの方っていました?
スタジオ業界っていうか、スタジオ界で同業者を見渡すと僕が一番最右翼かなと思うんですけど。でもハードロックがイギリス寄りのものだって、まずいっぺん決めつけたとすると、アメリカよりのロックっていう人はいますよね、誰がとは言わないけど。僕はすごいイギリスだったんで、そういう人はあまりいなかったかもしれない。

アン・ルイスさんの曲もそうですけど、歌謡曲にハードロックのギターをマッチングさせるっていうアレンジはどうやって始まったんですか?誰かが仕掛けたんですかね。
誰かがじゃなくて時代の流れがそうなっていたような。ウェブで流行る言葉もそうだけど、誰かが言っちゃったのをみんなが「その間違い、いいね」みたいな感じで増えていくじゃないですか。いっぺんそういうエッセンスを入れてみたら「あっ、それいいね」っていう。リスナーも作る側も他の人達も、そういう時代の潮流があったんじゃないかなと思うんです。

日本の音楽で面白いのは、例えば演歌でもエレキ・ギターのイントロで始まったり、合いの手みたいなギターのフレーズが入ったり、歌謡曲にハードロックっていうマッチングもありで、その後は女性ボーカル、ユーロ系の音楽にハードロックのトリッキーなギターソロが入ったりとか、ギターが広い世代の色んなジャンルに広まったなと思うんです。なんでこんなに日本人はギター好きなのかなって。
今でこそギターは若者が持っている必須アイティムのベスト10の圏外に行っちゃってるぐらいの存在感だと思うんだけど、もっと長いタームで見ると、「日本人はギター好きなのかな」と僕は思いますね。寺内(タケシ)さんから。テケテケは僕は知らないけど、あの弾いてるサウンド、弾いている見場、スタイルが好きなんじゃないかと思うんですけどね。


北島 健二

北島さんの話に戻りますと、スタジオ系ギタリストの活動中にソロ作品を2枚リリースされていますよね。1981年に『反逆のギター戦士』、その1年後に今日SGで弾いていただいた「クリミナル・エステティクス」が収録されている『ギター犯罪美学』。
ちょっと言いづらいですが。(笑)

噛まないように気を付けました(笑)ああいうすごくファンキーでスリリングなギターもキラー・チューンなんですけど、もう1曲気になった曲があって。『ギター犯罪美学』のB面、レコードで聴いてますのでB面2曲目(笑)の「ムーヴィン・ウェーヴス」って曲で和泉宏隆さん(ex.T-スクエア)のピアノ。壮大な世界観の曲にエモーショナルなギターが炸裂してるじゃないですか。
はい。

アドリブですよね?
そうです、はい。

最初、びっくりして2回聴きましたよ、レコードだから針戻して(笑)
そうですか?今聞くとクドいやつだな、こいつって(笑)

いやいや(笑)、これ、みんな聴いた方がいいですよ。この時代にこんなにすごいものがあったったという。そして今日もう1曲レスポールで弾いていただいたのが「モーニング・サン」。これは『ヘヴィメタル・ギター・バトル』{1985年、松本孝弘(B'z)、松川敏也(ブリザード)、北島健二、橘高文彦(筋肉少女帯)によるオムニバス・アルバム}の1曲ですよね?
そうですね。

ソロ・アルバムを2枚出して、その後に今度は浜田麻里さん、吉川晃司さん、アン・ルイスさん、そして84年にTM NETWORKがデビューして、そのサポート、85年に尾崎豊さんの「卒業」が出て、87年になると、ついにフェンス・オブ・ディフェンスがデビュー。この7年くらいの間にかなり広範囲かつ高密度な活動をされていますが、ものすごく忙しかったんじゃないですか?
すごく忙しかったですね。毎日レコーディング・スタジオに行って、誰が歌うってことを教えてもらわないままレコーディングしているっていう。「今日、誰が歌うんですか」、「16才、女の子」って言われて、「ああ、わかりました」って、その気持で演奏するみたいな。そんな感じでスタジオを2つ3つまわって。

今あげただけでも、ほとんど時代の音を作ったといって過言じゃないと思いますけど。
忙しい人達に集中していましたね。

そういう時代があった後に、1985年にフェンス・オブ・ディフェンスを結成ですよね。
結成、はい。

ここで一回スタジオワークにケリをつけようと思った?
デビューしたらやめようかなっていう感じでしたね。その頃はまだ並行してやってたんじゃないかな。

やっぱり自身のバンド、そこにいきたかったというか、いくべきだと?
中学ぐらいからギターいっぱい弾いて、高校ぐらいに「プロになりたいな」と思ったときの自分のイメージは、「バンドで活動していく」というのが基本だったので。「そこ(バンド)にいくんだったら、それ以外はもうやる必要はない」っていう風に思っていましたね。

「これからはバンドでいくんだ」のきっかけのひとつが、TM NETWORKのバックっていうのはありますか?
きっかけのひとつかもしれないですね。ただ今言ったように、ずっとイメージはあったので。その間にアーティストを目指しながら個人としても人の仕事を請け負ってやるっていう二足のワラジ。そのスタイルは自分もいいなと思っていたので、気がついたら何年間かそっちばっかりやってたっていう。「バンド組まないか」、「ああ、いいね」っていうのが出てきたときに、僕がやりたかったのはこっちじゃないかって気がついて。もう十分っていうと変な言い方だけど、随分やったんで。いっぺん区切り、「ここから先どうなるかわからないけどバンドに集中しよう」っていうことで、未だに。ちなみにもうすぐ35周年ライブやりますけど。

同世代、近い世代の、例えば今剛さんや鳥山雄司さんとは違うディレクションに行かれたなと。
彼らもね、やっている部分もあるけど、僕はより“自分の名前で出ています”みたいなアーティスト指向が強い方かもしれないですね。

バンドでの活動は弾くギター、曲作り、制作の仕方が変わってくると思いますが、スムーズにいったのですか?
なんかモリモリしてたんで、特に結成して何年かは。ケンカもちゃんとしたし。ケンカしないとね、結びつきが強くならないと思うので。スムーズにではないですね。なんか怒涛のように、誰にも言われないけど、エネルギーが湧いてくるんで走り抜けた。抜けたっていうとあれだけど、走り続けてましたね。

あの時代にTM NETWORKが打ち立てた金字塔というか、打ち出したものは、その後の多くのアーティストに影響を与えた気がします。
今はまた再始動してますけど、すごい集団、すごいアーティストだなと思っています。今でも、たまに小室哲哉くんに呼んでいただいてレコーディングしたりとか。他のアーティストをやってるんですけど、すごい才能だなって思いますね。

フェンス・オブ・ディフェンスの活動が忙しくなってきて、TM NETWORKにB'zの松本さん紹介したのは北島さんだと聞きましたが。
そうですね。

交流は以前からあったのですか?
あの(笑)どこまで話していいのか・・・。さっきの2枚のソロ・アルバムを録ったのはコロンビアっていう青山にある会社/スタジオなんですけど、あの時代コロンビアにリハーサル・ルームってのがあって、所属アーティストは登録すれば使えたんです。そこで僕のソロ・グループもそうだし、織田(哲郎)も、よく集まって練習してたんです。その時にキーボードの友達だってやってきたんですよ、松本孝弘が「デモテープ、聞いてください!」って。今デモテープってないと思うけど。一緒にやっていたキーボードと松本君が2人でユニットを組んでやってるグループで、マクベスと書いてあった。で、中の音聞いて、めっちゃカッコよくて「すごくいいじゃん、このギターすごくいい」って。そのプレイを聞いて「わかった、このマクベスは、(マイケル・ランドウの)マクサスでしょ?」って聞いたら、「ええ、そうなんです」って言ってたという・・・。まだアマチュアだったけど、最初からいいセンスでしたね。

かなり長いですね。そうしたらもうデビュー前から?
プロになるよりもだいぶ前ですよね。

フェンス・オブ・ディフェンスは35周年ということで今でも継続していますし、2003年頃から水樹奈々さんのツアーにサポートで参加されていますね?
そうですね。2004年くらい、2003年かもしれない。

アニソン、例えば「ヒメムラサキ」(2005年、水樹奈々『バジリスク 甲賀忍法帖』)みたいに、アニソンって歪んだギターの音と相性がいいんですか?
なんとなく、昔からそういうイメージありますよね。特に戦隊ものとか。そういうアレンジが定番っていう。そういうアレンジの平準化みたいな。「あたりまえ」みたいな手法になってしまったところが、良くもあり、ちょっと残念でもあり・・・


北島さんのインタビューによると、「日本人には日本人のブルースがある」とおっしゃってます。
はい。

日本人のというか、北島健二のブルースの源泉というか、内から出てくるものは、どのようなブルースですか?
多分B.B.キングとかバディ・ガイとかをエリック・クラプトンが学生時代にコピーして、「こんな感じでやりたいたいな」って思ったけど、こんな感じになりきれなくて自分の味わいが出てしまう。やっぱり、イギリスの白人の味わいが出てしまうっていう。その“無意識の再構築”っていうのが僕の中では正しいと思っていて。だから自分はB.B.キング嫌いじゃないけど、あそこに夢中になったかというとやっぱり違って。それになりたいというか憧れてやったイギリスの白人のギタリストに僕はなりたいって思ってる東洋人の黄色人種だけど、演歌のフィーリングが抜けないし、歌謡曲のエッセンスもどうしても出てきてしまう。それは自然に出てくるから何の問題もなくて。モノマネじゃないので、なろうと思って練習して真似してみたら自分のバックボーンがにおってくる、出てきてしまうっていう。僕はそれが“継承してる”って思っていることなんです。最初のB.B.キングが本物で、それをそのままずっと継承しなくちゃいけないってのがブルースの全てじゃない。そういう形もあると思うけど、そうやって憧れて「なりたいな」と思っても自分が再構築しちゃう。そういう継承の仕方なのかな。そういうふうな意味で自分はブルース・ギタリストだと。B.B.キングの感じをやりたいわけではないんだけど、ブルースを継承している人間だと思っているんですよね。

自分の人生というか、これまで何を聞いてきた、何をしてきたか、そういうものが全部出てくるのがブルースだと。
ちょっと冷めた言い方に聞こえるかもしれないけど、アーティストってエディター(編集者)だと思っているんで。それは頭の中だけで全部完結しているのではなくて、無意識が混ざって衝動があってのことだと思うんです。自分が得たいろんなものを、ほぼ無意識に再構築して。「あ、これってカッコいい」っていうのを生む再編集作業みたいなものなのかなって思ってます。

高校生の終わり頃に「ギタリストになる」って言ったら勘当されたそうですね?
そうですね。うちの親は魚屋をやってたんです、おじいちゃんから二代。男3人兄弟で一番期待されていたと思うんですよ「こいつなら継いでくれるかも」って。それがもう、一刀両断に「やーめた」みたいな。「オレ、これやるから」って言ったら「ふざけるな」みたいな感じで・・・。あの・・・家を出ました・・・。

そして築地の青果市場でキャベツ運んでた。
ああ(笑)、キャベツ運んでましたね。

ミシシッピーで綿花畑じゃなくて(笑)
あー、近い近い。

ブルースですよね、これ。
そうですね。


今回の動画を見て北島さんの存在を知った人が、北島健二というギタリストを体現したというか象徴した作品を何か聞いてみたいと思った場合には、どの作品を挙げられますか?
自分の作品ですね? 自分も好きで今回やった『ギター犯罪美学』の「クリミナル・エステティクス」は持っていくと必ず「またあれやろうよ」っていろんな所で言われるので、オリジナル音源を聞いてもらうといいのかなって思います。それと、さっき力説されていたので、「ムーヴィン・ウェーヴス」。(笑)自分も聞いてみます。

今は学校の教壇にも立たれているんですよね。
はい。

テクニック的なこと以前に、若いミュージシャン/ギタリストに、これは伝えておきたいっていうことはありますか?
これは常々生徒にも色んな人にも言っているんだけど、アーティスト/ミュージシャンは自分のキャラクターを持っているので、「自分の来た道しか教えられないよ」って。他のまた特色の違うギターの人が教えるときは、その人が来た道を伝えるしかないと思うので。自分が来た道を伝えるって意味では、僕はロック・ギターっていう中でも基礎練習をすごくやってきた人なので、くどいくらいに。(空手家の)大山倍達っていうと、今はあんまりわかんないかな、あの人にとっての腕立て伏せ。大谷翔平にとってならスイング練習なのかな。絶対とんでもなくやっているはずなので、基礎的な練習は勧めていますけどね。「ちゃんと弾けよって、ドレミファソラシドを」。わりとつまんない授業をやってます。

すごく地味な練習ですよね。
地味ですよね(笑)・・・多分「それをやったほうが絶対自分のためになる」って信じていれば、飽きないように自分で勝手に工夫するんですよね。16部音符のフレーズを3連符に変換して弾いていくと、一周がどんどん頭がずれてきて、リズムにすごく気をつけていないとできないので、今まで「つまんないなあ、テレビつけてやろうかな」みたいなのが、一気にテンション高まって「ちゃんと弾かないとできないぞ」みたいな。そういうモデル・チェンジを常にやっているので。その辺はうまく伝えられない部分でもある。楽しむことは忘れずに、やらなきゃいけないことはやらなきゃいけないので。そういう感じですね。

アドリブで直感的にやっているのかと思いましたが、基礎がきっちり練習できていないと、そこには行けない?
どうなんでしょうね。違う人が教えたら、また違うんだと思うんですけど、僕はきちんと弾くっていうのをわりと目指しているので。未だに出来ているのかわからないけど、そのために自分は“あしたのジョー”の「えぐり込むように打つべし、打つべし」をやっているつもりなんですけどね。そういうことは必要なのかな。

最後の質問です。この動画が公開されたら、織田哲郎さんから「次はオレに弾かせろよ」ってならないですかね?(笑)
(爆笑)・・・。いや「弾かせろ」ってタイプじゃないんで、「弾かせろ」とは来ないけど、オファーが来たらとんでもなく喜ぶでしょうね。ギター弾くの大好きですから。彼のスタジオには、もう置けなくなった次から次へと増えていく歪みのペダルが、グランド・ピアノの蓋を閉めたところにほぼ埋め尽くされるくらい置いてあって、「もう置き場がないんだ。でもしょうがないんだよ」って。それくらい好きなんでね、プレイと音作りがね。喜ぶと思います。


収録を終えて

栗田隆志 Gibson Brands Japan

実家の家業を継がずにプロギタリストになると宣言した北島さんは、勘当されたため家を出て築地の青果市場で働きながらプロギタリストを目指し、その目標を実現しました。高校生の時からその並外れたギターの腕前は界隈ですでに有名であったと聞きます。準備ができている人にチャンスが訪れる時、それは偶然ではなく必然です。ある特定の分野で成功する可能性のある人には、まわりにその才能を見出して押し上げようとする人が必ず現れます。北島さんにもそういった人たちとの出会いがあり、1本の電話をきっかけにプロへの扉が開きました。その後、世界の音楽の潮流をリアルタイムでキャッチしていた新進気鋭のアレンジャー/編曲家の方々が、当時としてはまだ珍しかったハードロックをルーツとする北島健二ならではのギターで作品を作りたいと考えたのも想像に難くありません。三原順子「セクシー・ナイト」やアン・ルイス「六本木心中」に圧倒的な存在感のギターを吹き込み、その後結成されたフェンス・オブ・ディフェンスではハードロックをルーツとする華麗なプレイを惜しみなく発揮、ギター・ファンをうならせてきました。

当然、その天才的テクニックは築地の十字路で魂を売って手に入れたのではなく、その技術の土台となるものとして本人が語ったのは地味な反復練習の繰り返しでした。才能とは継続する訓練の積み重ねであり、訓練をどれだけ積み重ねられるかが才能ということでしょうか。さらに言えば、訓練だけでは人の魂を揺さぶるような音楽は作れません。ブルース・ギタリストが豊かな表現力でその感情を表現するように、音という手段は人と人とのコミュニケーションが成立してこそ、その目的を果たします。

北島さんが言う自身のブルースとは、ロバート・ジョンソンや3大キングに象徴される音楽ジャンルとしてのブルースではありません。おそらくは琴線に触れる音、さらには魂を揺さぶる音のことであり、北島さんの言う自身のブルースとは、「日本人として見てきた原風景や日本人の心の奥底に息づくもの」が源泉であり、その上で「何が好きか、何を吸収して育ってきたか」という動きようのない好みによって無意識のうちに生じるメロディーとリズムを、徹底した訓練によってイメージどおり正確にアウトプットしたものではないかと思いました。

Product 使用ギターの仕様と特徴

1959 LES PAUL REISSUEMURPHY LAB HEAVY AGED

今でこそロックギターの醍醐味である歪んだギター・サウンドが広まったのは1960年代半ば。その元となったのは感情豊かなボーカリストの歌声やサックス・ソロであり、それらに代わるものとしてギター・ソロは広まっていった。ドライヴ・サウンドの黎明期となるこの時代は、ギターとアンプのみで歪みを作ることが多かったため、ファットでサステインのあるトーン、そしてパワフルなピックアップのエレキギターが求められた。1958-1960年にかけて生産されたサンバースト・レスポールには、新開発のハムバッキング・ピックアップが搭載されていた。これらのギターの真価が発揮されたのが前述した1960年代後半から広まっていったドライヴ・サウンドが登場した時であり、ピッキングの強弱によって歪をコントロールすることで得られるメローで豊かな表情を備えたギター・サウンドは、ブルースマン達の感情を反映させたブルース・ロックという新しい音楽を生み出して人気を博した。

この時代、ウーマントーンの呼び名で知られるメローなドライヴ・サウンドがエリック・クラプトンに代表される60年代のブルース・ロック・ギタリスト達によって生み出された。これは、ギターのトーンを絞った状態でアンプをドライヴさせることで得られるオルガンやサックスを連想させるドライヴ・サウンドである。ウーマントーンを作り出すにはギブソン・ギターが必須だが、それには理由がある。まず、ギブソンのハムバッキング・ピックアップのトーンはレンジが広く、十分なベース域を備えている。そして、当時ギブソン・ギターに使われていたエレクトリック・サーキットは、ボリューム/トーン・コントロール共に高域特性にも優れたCTS社の500kΩポットが使われており、それに対してトレブルをカットするためのキャパシタには0.02μFというやや小さめのものが組み合わされていた。このためトーンをゼロまで絞り込んだ状態でアンプをドライヴさせると、メローながらも絶妙に音の芯が残ったウーマントーンを作り出すことができた。

1970年代に入り、アンプの進化と共にレッド・ツェッペリンに象徴されるハードでソリッドなロックが人気を得るにつれて、ギター・サウンドはエッジの効いたヘヴィなドライヴ・サウンドへと移行していった。1950年代のギターは手作業が多いゆえの個体差と豊かな表情を備えているが、それがヴィンテージ・ギターの人気にもなっていて、ファットで知られる50年代レスポールのグリップは1958-1960年にかけて徐々にスリムな形状へと推移してゆく。そして、1959年には現在主流のワイド・フレットが導入された。レスポールのボディ・トップに使用されている良質なメイプルにはフレイムが入ったものも多く、この時期特有の退色するチェリー・サンバーストにより、それぞれのギターが経年変化で独自のカラーと化しているのも魅力となっている。

現在のギブソン・カスタムショップからは58、59、60と各年のサンバースト・レスポールが製作されており、年ごとの特徴が再現されているが、今回北島氏が使用したのは最も人気の高い1959年の復刻モデルだ。長年に渡ってヴィンテージ・ギターを扱ってきたトム・マーフィーは、ヴィンテージに使われていた塗装の成分、厚み、そして退色やひび割れといった経年変化が起こるメカニズムを解析した。マーフィー・ラボ製品には、それらヴィンテージ同様の変化を再現する専用のラッカーが使われている。ヘヴィ・エイジド仕上げの今回のギターは、フェイデッド・カラーの中でも人気の高いゴールデン・ポピー・バーストとトップの退色に合わせたフェイデッド・チェリー・バックで仕上げられている。

1964 SG STANDARD REISSUEMURPHY LAB LIGHT AGED PSL

(協力:イシバシ楽器FINEST GUITARS)

SGタイプのギターは、いわゆるサンバースト・レスポールがフルモデルチェンジする形で1961年初頭に登場した。その経緯については幾つもの理由が考えられる。アーチトップを元にデザインされた1950年代のレスポールは、ともすれば古くさい印象があったのに対して、1958年からレスポール・ジュニアやES-335に導入されたダブル・カッタウェイ・シェイプは、他に類を見ない先進的なデザインであり、最終フレットまで無理なく弾けることで多彩なギター・ソロなど、エレクトリック・ギターに新しい可能性をもたらした。また、ボディ・トップがフラットのSGは、当時ブームになりつつあったヴィブラート・ユニットを組み込むのにも都合がよかった。(1960年代のSGスタンダードには常に標準仕様としてヴィブラートが組み込まれており、ストップ・テイルピース仕様が採用されたのは70年代から)サンバースト・レスポールには特別なサイズのメイプル材が必要だったのに対して、オール・マホガニー製という生産面でも有利なSGは、数ヶ月から数年分ものバックオーダーを抱えていた当時のギブソンの生産数を大きく拡大することになった。

SGに代表される1960年代のギブソンを象徴するフィニッシュともいえるチェリー・レッドが登場したのは1958年。それは、サンバースト・レスポールのボディ・バック、ダブル・カッタウェイへと進化したレスポール・ジュニアなどのギブソン・ギターに使われてきた。当時のギブソンでは、木目に多くの導管(小さな穴)があるマホガニー材を塗装する際に下地処理としてウッド・フィラーをボディに刷り込んで導管を塞いだ後に、スプレーによるカラーリングを行っていた。それに対してチェリー・フィニッシュでは、アニリンダイという着色剤をウッド・フィラーに混ぜることで、下地処理とカラーリングを同時に行っているのである。つまり、SGでは生地着色塗装とすることで、手間のかかるスプレー・ガンを使う工程がトップコート(クリア・ラッカー)だけですむようになった。サンバースト・フィニッシュよりも生産性に優れていることも、チェリー・フィニッシュが拡大していった理由のひとつだろう。

初期型SGにはレスポールのモデル名がそのまま引き継がれていたが、1963-1964年にかけて正式な機種名がSGスタンダードへと変更された。今回北島氏が使用したモデルは、この時代ならではの深く滑らかなカッタウェイやボディ・エッジのベベル加工に加えて、ヴィンテージ同様にアニリンダイを使ったチェリー・レッドにマーフィー・ラボによる専用のヴィンテージ・ラッカーを使い、特殊なエイジド加工を施すことで、やや明るく退色した様子や経年変化によって起こる細かなヒビまでもが再現されている。1960年代初頭の薄いグリップから、やや厚みがありポジションに従って滑らかに変化してゆくラウンド形状もこの時期の特徴となる。PSL(プリ・ソールド・リミテッドラン)による日本市場向けのカスタム・オーダー品となるこのギターには、ブルース・ロック・ギタリスト達の定番リプレイスメンツだったグローヴァー・チューナーが組み込まれている。ヴィンテージ・ギターはオリジナルのクルーソン・チューナーからおにぎり型のツマミを持ったグローヴァー・ロトマティック・チューナーへと交換されることが多い。その理由は両者のチューニング精度の差によるところが大きいが、ツマミやギヤボックスが鋳造で作られたグローヴァー・ロトマティックは強度的にも他社を大きく上回っている。また、戦後のギブソンでは高級モデルの純正パーツとしてグローヴァー・チューナーが組み込まれていることも多い。(1959年にはレスポール・カスタムにも採用された)また、適度な質量を備えたロトマティック・チューナーは、サステインを求める1960-1970年代のギタリスト達の定番チューナーでもあった。

文:關野淳
大手楽器店、リペア・ショップを経て、現在は楽器誌、音楽誌で豊富な知見に基づく執筆を行うヴィンテージ・エキスパート&ライター。


THE COLLECTION:北島健二

THE COLLECTIONとはTAOS (The Art of Strings)に登場するギタリストが所有、愛用するギブソンを紹介するシリーズです。

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The Art of Strings vol. 4

梶原 順 Jun Kajiwara

Profile

1961年8月25日生まれ。 ギタリスト・コンポーザー・アレンジャー・プロデューサー。 幼少の頃よりピアノを弾き、中学2年の時にギターを手にする。 その後ロックに始まり、様々な音楽を体験するにつれ、そのギタースタイルも多種多様化していく。 プロミュージシャンを目指し1979年に上京。 1981年、プロとしてのキャリアをスタートさせる。 その後、渡辺 貞夫、森山良子、マリーン、本田雅人を始め数々のアーティストのツアーサポートを務め、スタジオミュージシャンとしてレコーディングに参加した楽曲数は計り知れない。 また自身の音楽を求め、「J&B」「JとB」「SOURCE」「Witness」 [J&K] といったグループ活動も行い、現在は [川成順] [coco←musika] を中心に、「自身のソロ活動」、併行して『昭和音楽大学』や『Alterd Music School』に置いて、講師として後輩の指導にも力を注いでいる。

"Out of the Blue"
"Wait for No One"

Photos 収録の様子

Interview 収録後インタビュー

6/27 2022 at DisGOONieS
Interviewer: Tak Kurita Gibson Japan
Special Thanks: Jun Sekino

今回の収録では1959 ES-335と1958 Les Paulを弾いていただきましたが、いつもと違って「ああ、この辺のポジションが気持ちよくて弾いちゃった」とか、「こういうフレーズが出てきたな」という現象はありましたか?
ギターを弾いている方は経験されていると思いますけど、レスポールのハイ・ポジションって手の大きさや構え方で弾きにくいというか、扱いづらい場所になりますよね。そういう意味では、今日はレスポールの方でロックっぽい曲を演奏しましたけど、その割には高い方(ハイ・ポジション)はあまり使わなかったかもしれないですね。ただ中域から低域の表現力が、特に中域の表現力がすごかったので、レスポールも335もなんかこの辺(指板のミドル・ポジション)っていうか、中域を結果的に使った気がします。

特にES-335の方は、すごくニュアンスを活かすプレイをされていたと感じました。ニュアンスを活かすプレイをするために、向いている特性のギター、セッティングってありますか?
ギターと自分の関係というか、自分のピッキングのタッチとか、ピッキングの角度、強さ、あとビブラート・・・。まあ、反応してくれるギターだと、その反応してることが楽しくて、よりそこを自分も多く使おうと思うし、そういう意味では楽器との対話をあまり考えているわけじゃないけど、楽器の反応の仕方を感じながら、こっちが次の表現を聞こえてきたままに弾くっていう。それの相乗効果でループしていくってことですね。今日この335で表現力とかニュアンスっていうのがすごく伝わったとしたら、それはギターと僕との関係がうまくいっているってことだと思います。

レスポンスの速さが重要ですし、梶原さんはアコースティック・ギターをかなり弾かれますから、ES-335はそれに近い感覚があったのかもしれません。
そうですね。でも、今言ったことに関してはレスポールも同じように感じました。ただ335を使った方のバラードの曲はゆったりしているし、ニュアンスが活きる曲なので、よりそういう風になったと思うし、レスポールの方はロックっぽい曲でしたので、ニュアンスよりは立ち上がりの良さとか、歯切れの良さとか、倍音の豊かさとか、そういう方向に演奏も行っていると思います。

今日の演奏はフラクタル(プリアンプ/FX プロセッサー)を使ってライン直でしたが、例えば現場で知らないアンプを使わなくてはならない場合、自分の使いたい音というか好きな音に寄せていく時って、どのように音を決めていくのですか?
例えばライブハウスで普段自分が使ってないアンプが置いてあった場合ですよね。一番僕が気にするのは、どのくらいのボリュームで演奏するかを想定します。つまり同じセッティングでもボリューム感が小さめなのと大きめなのでは、スピーカーの特性もあってピークの度合いも変わるので、自分はこれくらいのボリュームで演奏するだろうなっていうボリュームで確かめるんです。ひとつはトーン全開のリアでコードや単音を弾いた時に、リアの音なので音が固めなのは当然なんですけど、その中でも耳に痛いというか、そういうピークをあんまり出しすぎにならないようにまず調整して、逆にフロントの時はローの膨らみ、甘いトーンが欲しいんですけど、そこが膨らみすぎてブーミーにならないように、リアとフロントでそれぞれの帯域の気になるところが出ないように。だけどフロントは甘くリアはエッジの効いたところも残したいので、そのさじ加減をまず探るっていうところですかね。センターにした時、センターはコード・カッティングというかリズム・プレイの時によく使うので、センターにした時に歯切れがよくてカッティングが気持ちよくできるようなところを微調整する感じです。

音作りに於いて重要な要素のひとつのピックアップですが、今日弾いていただいたのは、完全なヴィンテージ・タイプで、PAFと同じ構造のピックアップです。梶原さんの好きなタイプのハムバッキングは、どのようなものですか?
載せてるギターとの組み合わせの妙みたいなものもあるとは思うんですけど、まさに今回の音って僕の好みと言ってよいと思います。パワフルすぎず、乾いた感じと粘りの両方を持っている感じで。まあセッティングもよかったと思うのですけど、ほんとに「ニュアンスが伝わる良い音だなあ」と思って使ってました。

The Art of Strings vol.4 JUN KAJIWARA Interview

6/27 2022 at DisGOONieS
Interviewer: Tak Kurita Gibson Japan
Special Thanks: Jun Sekino

今回の収録では1959 ES-335と1958 Les Paulを弾いていただきましたが、いつもと違って「ああ、この辺のポジションが気持ちよくて弾いちゃった」とか、「こういうフレーズが出てきたな」という現象はありましたか?
ギターを弾いている方は経験されていると思いますけど、レスポールのハイ・ポジションって手の大きさや構え方で弾きにくいというか、扱いづらい場所になりますよね。そういう意味では、今日はレスポールの方でロックっぽい曲を演奏しましたけど、その割には高い方(ハイ・ポジション)はあまり使わなかったかもしれないですね。ただ中域から低域の表現力が、特に中域の表現力がすごかったので、レスポールも335もなんかこの辺(指板のミドル・ポジション)っていうか、中域を結果的に使った気がします。

特にES-335の方は、すごくニュアンスを活かすプレイをされていたと感じました。ニュアンスを活かすプレイをするために、向いている特性のギター、セッティングってありますか?
ギターと自分の関係というか、自分のピッキングのタッチとか、ピッキングの角度、強さ、あとビブラート・・・。まあ、反応してくれるギターだと、その反応してることが楽しくて、よりそこを自分も多く使おうと思うし、そういう意味では楽器との対話をあまり考えているわけじゃないけど、楽器の反応の仕方を感じながら、こっちが次の表現を聞こえてきたままに弾くっていう。それの相乗効果でループしていくってことですね。今日この335で表現力とかニュアンスっていうのがすごく伝わったとしたら、それはギターと僕との関係がうまくいっているってことだと思います。

レスポンスの速さが重要ですし、梶原さんはアコースティック・ギターをかなり弾かれますから、ES-335はそれに近い感覚があったのかもしれません。
そうですね。でも、今言ったことに関してはレスポールも同じように感じました。ただ335を使った方のバラードの曲はゆったりしているし、ニュアンスが活きる曲なので、よりそういう風になったと思うし、レスポールの方はロックっぽい曲でしたので、ニュアンスよりは立ち上がりの良さとか、歯切れの良さとか、倍音の豊かさとか、そういう方向に演奏も行っていると思います。

今日の演奏はフラクタル(プリアンプ/FX プロセッサー)を使ってライン直でしたが、例えば現場で知らないアンプを使わなくてはならない場合、自分の使いたい音というか好きな音に寄せていく時って、どのように音を決めていくのですか?
例えばライブハウスで普段自分が使ってないアンプが置いてあった場合ですよね。一番僕が気にするのは、どのくらいのボリュームで演奏するかを想定します。つまり同じセッティングでもボリューム感が小さめなのと大きめなのでは、スピーカーの特性もあってピークの度合いも変わるので、自分はこれくらいのボリュームで演奏するだろうなっていうボリュームで確かめるんです。ひとつはトーン全開のリアでコードや単音を弾いた時に、リアの音なので音が固めなのは当然なんですけど、その中でも耳に痛いというか、そういうピークをあんまり出しすぎにならないようにまず調整して、逆にフロントの時はローの膨らみ、甘いトーンが欲しいんですけど、そこが膨らみすぎてブーミーにならないように、リアとフロントでそれぞれの帯域の気になるところが出ないように。だけどフロントは甘くリアはエッジの効いたところも残したいので、そのさじ加減をまず探るっていうところですかね。センターにした時、センターはコード・カッティングというかリズム・プレイの時によく使うので、センターにした時に歯切れがよくてカッティングが気持ちよくできるようなところを微調整する感じです。

音作りに於いて重要な要素のひとつのピックアップですが、今日弾いていただいたのは、完全なヴィンテージ・タイプで、PAFと同じ構造のピックアップです。梶原さんの好きなタイプのハムバッキングは、どのようなものですか?
載せてるギターとの組み合わせの妙みたいなものもあるとは思うんですけど、まさに今回の音って僕の好みと言ってよいと思います。パワフルすぎず、乾いた感じと粘りの両方を持っている感じで。まあセッティングもよかったと思うのですけど、ほんとに「ニュアンスが伝わる良い音だなあ」と思って使ってました。


次は梶原さんのキャリア的なことに入っていきます。スタジオ・ワークのギタリストに憧れて東京に出てこられた?
そうですね。アマチュア時代、僕世代はハードロックの時代でロック・バンドをやっていたんですけど、ちょうどクロス・オーバーみたいなサウンドがワーッと出てきて、日本でもそういうサウンドが溢れだして。そんな中、スタジオ・ミュージシャンという職業っていうかミュージシャンのあり方があるっていうことを知って「目標にしたいな」って思い、東京に出てきたという感じです。

多くの方は、梶原さんってジャズ・ブルースですとかファンク/ソウル的なイメージがあると思いますが、実はBOWWOWのファンなんですよね?
そうです。山本恭司さんがいなかったら、今の僕はないと思います。

これまでこのシリーズに出ていただいた皆さんが口を揃えて「当時はメチャクチャ忙しくて、現場に来るまで誰の何の曲やるのかもわからなくて、どんな楽器を持っていけばよいのか、わからなかった」という話をされています。梶原さんの頃は?
僕が20代の後半ぐらいから40代前半ぐらいまでの20年間くらい、そのくらいがスタジオ・ワークが一番忙しかった時期だと記憶しています。基本はスタジオが1日2ヶ所で、それぞれに楽曲が2曲、ダビングもあって、更に午前中とか夜遅くに「空いている時間で来てくれ」って感じでした。自分は「来週とか来月のここを休みにする」って決めない限りは、ひたすらそんな感じでした。夜中までレコーディングして、次の日も午前中からなので、帰ってまた出てくるのもあれなんで、車の中で仮眠して次のスタジオに行くと、前日の夜中に一緒だった人がまたそこに集まっているみたいな、そんな感じでした。

それっていうのは、それだけ音楽の制作需要が高かった?それともミュージシャンの数が足りなかったのでしょうか。
どうでしょう。少なくともギタリストは人数的には十分に当時も存在したと思うのですが、圧倒的に人が集まってレコーディングをしなければならなかったっていうか。まだサンプリングとかコンピュータに頼るっていうのかな、そういうのよりも、実際に人が集まって人の力で制作していくっていうのが強い時代だったからだと思います。

事前に音源と譜面は渡されるのですか?
基本はないですね。作曲/アレンジャーの人が、「これは流石に当日じゃあ、大変なことになるだろうな」って予測したようなものはファックスで送られてきた。でも、そのファックスだと五線譜がガタガタになっていて、よくわからなかった。

そんな過酷な状況ですが、相手がほしいもの、求める演奏ができないと仕事って続いていかないですよね、次に。
そうですね。だから相手の要求に応えられたかどうかって、僕の方ではあまり確認できてなくて。「また呼んでくれたから多分大丈夫だったんだな」って想像するしかないんです。実際、スタジオに呼ばれて、譜面もらって、演奏して、「一回聞かせてください」って言ったら・・・「ウン?」って、ギターが既に入っていて・・・。まあ多分、他の人が一回レコーディングしたんだけど、“差し替え”って言って、僕がやり直す仕事だったんです。ほんとは前のギターを出しちゃいけないんですけど、エンジニアの人が間違えて出しちゃって。それを直す仕事だってことが発覚したんです。ということは、僕がそうされてた可能性も十分にあるだろうって(笑)。実際、スタジオ・ワークをはじめた頃に、アレンジャーの方が「こんな感じ、あんな感じ」って言ったことを僕がキャッチできなくて、なんか「うまくいかなかったな」って強く思った日があったのですが、そのアレンジャーの人から次に呼ばれるまで10年くらいかかりましたね。だから、悪い印象はなかなか払拭できないっていうか、そういう経験もありました。


ご自分でもおぼえていないのですよね、何曲参加して、何の音源残したかって?
そうですね、正確にはですね。ただ、さっき言ったようなペースで録音していて、映画とかドラマのサウンドトラックのレコーディングだと、譜面の数だけでいうと1日50枚。まあ短い曲もありますけど、そんな調子でやっていたので、長い短いを合わせたら、多分何万曲になるかもしれないです。

事前に譜面も音源もなくて、いざ現場へ行ってみた時に、全然ギターのことなんか考えていないキーってこともあり得るじゃないですか。
まさに!あります(笑)

それって慣れるものですか?
長年弾いていてずいぶん慣れたつもりですけど、でも未だになんか難しいなって思うキーはありますね。特にG♭(F#)、B、あたりのキーは、「どうやってもなかなか克服できないな」と今でも思っています。

今日、レスポールで弾いていただいた音源は、どこか80年代のハードロックとかヘヴィ・メタルのテイストというか、当時の感覚が入っているなと感じました。
そうですよね。はい。

やっぱり、ヴァン・ヘイレンが出てきて以降、音作りも機材も変わってきたと思うんですけれど。
うん、確かに。

そういう時代の変化、求められる音とか演奏の変化にプロとして、どのように対応していくのですか?
70年代終わり、80年代頭くらいから多分10年間・・・。もうちょっとかな、15年間くらいギター・サウンドが目まぐるしく変化したんですよ。スタジオ・ワークってこともあって、わかりやすいと、「誰々風の音がほしい」って直接言われちゃうこともあった。「だったらその人呼べば?」って言って帰った人がいるって話も聞きましたけど(笑)。

はい、はい、あの方ですね(笑)
僕はそれで自分の音作りのデータが増えるというか、「じゃ、その参考音源聞かせてください」って言って、聞いて、「その音がどうやったら自分の機材で出せるんだろう」みたいなことを楽しんでやっていました。何が良い音かっていうよりも「その曲が求めている音ってこういうことなんだな」って、仕事しながら勉強した気がして。それをやっている間に「自分の中心に置くべきサウンドは、こういうものなんじゃないかな」って固まっていったんです。機材もだんだんデジタル化していって、去年買った機材が今年はもう古くなってるみたいなことが続いていたので、何か買っちゃ売って、買っちゃ売ってってやってましたけど、それはそれで楽しんでもいました。

現時点でたどり着いたところっていうのが今日使われていたフラクタルのようなデジタル・アンプ。でも、もともと存在していたチューブ・アンプも今でも使われています。その使い分けっていうのは、どのような感覚でやっているのですか?
シミュレーション系のフラクタルに代表されるような、ああいうのも本当にここ数年で「使ってもいいな」って思える状態になった。フラクタルも一番はじめに出た時に、僕飛びついて研究したんですけど、現場で使うってところまで音を絞り込めなくて、自宅のデモ用の機材みたいになってたんです。かつて、僕もプリアンプやキャビネットを何種類も持ち歩いて、その曲の雰囲気を聞いてから車から下ろしていうことをやってましたけど、なかなか労力もメンテナンスも大変なので。それを思うとフラクタルの中に全部それがいてくれるって意味の便利さというか、特筆すべき便利さというか。なのでレコーディングの時にはフラクタルを使うことが多いです。コンサートでも大きな会場で、お客さんがPAのサウンドを聞いているような時には、フラクタルのようなものの方が。マイクだとカブリとかそういうのも含めて、PA側の音作りもなかなか大変なので。大きな会場の時にはシミュレーション系を使いますね。ただ100人、200人規模のライブハウスで、お客さんが生音を半分以上聞いている状態、PAがあるとしても、そういう時には実際にアンプから出ている音っていうのがすごく重要になる。だから100人、200人規模のライブハウスの時にはギター・アンプを使って、コンパクト・エフェクターでっていうスタイルです、今は。

今の話ですと、デジタルが現場で使えるレベルに進化してきて選択肢が増えた。ハコによっては、アンプ直の音が空気を通じて、お客さんの耳に届くほうが一体感が出やすいとか・・・。
そうですね、リアリティがあるというか。


梶原さんのキャリアに戻りますけど、今までのお仕事を拝見したところ、何か所かターニングポイントがありましたよね。まず渡辺貞夫さんのバックをやられたとか。でも、その時はジャズのバックボーンはなかったっていう。
そうなんですよ。僕もこの年になると恥ずかしいことはあまりないんですけど。例えば、ジャズ・スタンダードを家で練習したり、誰かとセッションくらいはありましたけど、コンサート・ホールでジャズ・スタンダードを演奏したっていうのは、渡辺さんのツアーに参加して初めてだった。ですので、貞夫さんのところのギタリストっていう話がきた時に、実は2回断っているんですよ。当時は松木恒秀さんもレギュラーでいたので、「松木さんがいる上に僕が行くっていうことが本当に必要なのか?」っていうのもあり、その時のメンバーを聞かされた時に、とてもじゃないけど平常心で演奏できるとは思えなかったのもあって。2回「ちょっと無理です」ってお断りしたんです。そしたら松木さんが僕がライヴしているところに遊びに来られて、「今度一緒にギターを弾く松木です」って言われて・・・、もう断る理由がなくなって。それでまあ、「いつでもクビにしてください」って言って貞夫さんのところに入ったんです。でも後々そのツアーの中で、ホテルの部屋とか楽屋に訪ねて行って、「最近の僕どうでしょうか?」ってたまに聞いていたんです。そうすると貞夫さんの言葉では「まぁ、俺の考えてるジャズとは違うんだけど、梶原のギターは楽しんでるよ」って言ってくれた。「そう言ってもらえるんだったら、がんばります」っていうので20年ぐらい続いたっていう。果たして貞夫さんのジャズに僕が貢献できていたのかってのは、よくわからないですけど、こっちが学ぶことのほうが山のようにあって。多分、貞夫さんはいわゆるジャズ・ギターってものじゃないところを楽しんでくれてたのかなって。僕の中のロックとかブルースとかファンクとか、あとジャズっていうもののミクスチャーみたいなものが出来上がっていったのは、貞夫さんとの経験がすごく大きいかなと思ってます。

それに松木さんですからね・・・。
そうなんですよ~。その話が来た時、僕27才だったんです。「ハイ」って言えないですよね、普通(笑)。

次は、これまたこだわりの職人、角松敏生さんで、そこには今剛さんがもう一人のギターでいるという・・・。
出会いとしては、角松敏生さんの方が貞夫さんに入るよりも前からあって。角松さんのツアーの時に、亡くなってしまいましたけど、浅野祥之さんっていうギタリストと出会って。そこが僕にとっては、すごく重要だったんですけど。角松さんがあって、貞夫さん、そしてまた角松さんのツアーに参加することになったら今度は今さんとツイン・ギターっていうんで・・・。でもそれは、とても嬉しかったですね。スタジオ・ミュージシャンを目指して東京に出てきた時から僕の憧れの存在で目標としてた方ですし。だけど、どこか今剛っていうギタリストは人生の同じ板に乗っていないような気がして。僕よりも何段か上の板に乗っている人のような気がしてた。だから、どこまで行っても横に並んだ気になっても、そっちの板には乗れない人だと思っていたので。だから同じステージに立てるっていう嬉しさのほうが強かったです。

怖くなかったですか?(笑)
いや、優しくしてくれたんですよ。多分、僕がビビっちゃいけないって、気を使ってもらったのかもしれないですけどね。まあ眼光鋭いんで・・・フフフ。

浅野さんの話は、もうちょっと後の年代になりますので後ほど触れます。その後90年代はCDがガンガン売れた時代じゃないですか。特に女性ボーカルもの、打ち込み系バック、そこにギターが入るってフォーマットが。その時にSPEEDに参加されましたよね。
当時SPEEDのアレンジャーとして大活躍していた水島君(水島康貴)、そして伊秩さん、で僕。それで1枚目のSPEEDのデビュー・アルバムですね。ギタリストは僕以外にも入ってたりするんですけど、2枚目以降は多分9割以上を僕が弾くことになったと思うんです。

今、改めてSPEEDを聞いてみますと、打ち込みのバックに生々しいギターのカッティングや歪んだソロの音が入ることで世界ができるというか、サウンドが広がるというか。ギターの存在がすごく大きい気がしますが、それはやはり意識的に、よりヒューマンぽい人間っぽさを出そうというか、演奏をより生々しいものにしようと狙っていたのですよね?
(SPEEDは)プロデューサーの伊秩さん、アレンジャーの水島くんが頭に描いているサウンドっていうのがまずあって、それを説明してもらう。当時プリプロ(事前作業)をしっかりするっていうことが割と定着してきた時期でもあったので、現場に入るとデモ音源があって、それを聞きながら「こんな感じ」っていうのを説明してもらうんですよ。それだったら僕としては、自分がその曲を演奏するんだったらこのギターでこんな音色で、例えばこんなリズム・パターンはどうだろうとか、バッキングの時も歪はウェットな歪がいいのか、乾いた歪がいいのかって僕のアイディアを出して、「こんなのもあるし、こんな考え方もあるし、この音色だったらこんな演奏になるし」っていうのを示して、向こうが「これで行こう!」って言ったら、その楽器とその音色で演奏内容を突き詰めていくっていうような・・・そんな感じでしたね。

先程の話とは、かなりレコーディング環境が変わりましたよね。現場に行くまで譜面も音源もない頃と比べると。その時代になってくると、現場でミュージシャン側から提案する土壌が出来てきた?
そうですね、アレンジャーのスタイルも変わってきましたよね。僕がスタジオ始めた頃は、パート譜を渡されることが多くて(ギター専門の)。ギターの譜面だけ見てると、他の楽器が何をするかっていう情報がない。デモ音源もないので、一回書かれていることをその通りに弾いてみるしかないんですよね。それで周りの音を聞いて初めて、「あ、自分はこういう役割なんだ」って思って、そこから音作りをやるんですけど、当時は短い時間で上げなきゃいけなかったので、「ハイ、このテイクOK」って言われたら、そこから先もうちょっとやりたくても、そこでストップ。OKが出て終わり。それに比べると、プリプロもちゃんとしていて、デモ音源もあって、デモ音源聞きながら説明されてって中でイメージを膨らませて、そこから初めて演奏に入るので、第一回目の演奏に入るところで、既に音楽的になれてたっていう意味では大きく違う気がします。

特にエレキギターはルールがないというか、自由度が高いというか。音色にしてもフレーズにしても、弾き手のセンスとか持っているもので、ものすごく仕上がりの世界が変わっていきますよね。
そうですね。だから、エレキギターっていう楽器、そしてエレキギターを弾くギタリストっていうのが、多分一番「その人が演奏してみないと結果がわからない」っていう最たる楽器のような気がするんです。だから、「誰かエレキギター弾ける人呼んで」っていう訳にはいかないっていうか、この楽曲だったら「どういうのが欲しいから、だからアノ人かアノ人」っていう風に絞り込まれていくと思うんです。どの楽器も個性的な人がいますけど、他の楽器は、そこまで幅はないような気がするんですよね。

SPEEDの後に浅野祥之さんとのユニットJ&Bですよね。それは気持ち的にインストの方に行ってみたくなったんですか、スタジオ系の仕事よりも。
そうですね。浅野さんとは、お互い「将来自分がリーダーの活動をするようになったら、お互いサポートしあおうね」って話はずいぶん前からしていて。しばらく会ってなかった時期があったんですけど、なんかのタイミングで隣のスタジオでレコーディングしてる浅野さんと会って、そこからまた急接近して「バンドやろう!」みたいなことになって。それがSPEEDの後半くらいかな。僕も自分のギター・スタイルとか、自分の音楽の核になるようなもの、自分の中心に置くべきものが“これだ”って、だんだんわかってきた頃だったので、「自分のバンドで活動したい」っていう風に合わせて思ってたってことです。

いろんなものの下準備が出来上がって、パズルが組み合わさったみたいな。
そんな感じですね。はい。

近年はレッスン動画やられてますよね。(梶原順の音楽室)
まさにこのコロナの中、何かしなきゃって感じで。

音楽学校の講師もやられてるんですね。
はい、そうですね。

気持ち的に次のギタリストを育てる方向にふれているということですよね。自分の持っているものを若い人にどんどん継承していこうっていう。
その気持はかなり強くて。自分自身が演奏したり作品を作ったり、著作していくってことも頑張らなきゃいけないと思っているんですけど、やっぱり僕っていうギタリストがある形になっていく過程で、渡辺貞夫さんを代表とする、他にも優秀な僕の仲間たちから学んだこと、自分の中でミックスしたこと、っていうのを自分のところで止めておいちゃいけないなと思って。それを後輩たちに伝えていくっていうか、教えるってよりも伝えるとかアドヴァイスするというか、なんかそれをやらなきゃなっていうのは「自分の役割なんじゃないかな」って強く思っています。

難しくないですか、生まれ育った環境が違えば、聴いてきたものも違う若い人たちに教えるのって。
そう、でも楽しいですよ、楽しいです本当に。色んな人がいて、いろんな考え方、あと思考があって。僕、割と人間好きなので、そういう色んな人と会うっていう、特に20歳前後の人達って、驚くほど変化するので。ちょっとした一言で、次の週には変化したりするので楽しいですね。

これは別に良い悪いの話ではなくて時代の違いで、今でしたらYouTubeで気になることを検索にかければミュージシャンも曲も即出てきて、更にそこから時代もジャンルもシームレスで広がりますよね。逆に梶原さんの時代であれば、レコード屋に行って「なんか新しいのないかな」って音楽を探していた。置かれている環境がまったく違いますよね。置かれている環境の違いでプレイヤーの育ち方とかスタイルって変わってきますか?
変わってくると思いますね。特に僕が感じるのは、頭の中の思考の順番とか、思考の回路の形成のされ方が多分違う。テクニックとかって割とフィジカルなことなので、どの世代にも指の速く動く人と動かない人はいるので、そういう差は多分そんなにはないのだと思います。ただ昔、あんな技こんな技がなかったっていうのを、新しい技が出てきてっていう、体操競技の技みたいなものだと思うんですけど。それはさておき、ある音楽を自分がギタリストとして参加して、その曲にエネルギーというかパワーを与える時に、どういう順番で考えるとか、思考回路が昔の人っていうか、アナログ時代とデジタル時代ではちょっと違うのかなってのは感じますね。

それを強みにすれば「良いプレイヤーに育つ」、「良い仕事ができる」って考え方ができますよね。
そうですね。その時代のプレイヤー、その時代の音っていうことなので。だから僕がデジタル世代と肩を並べて四苦八苦するよりは、僕は僕の時代の音を一生懸命やって、デジタル時代の人たちがそれを聴いて、「こういうのもいいよね」って思ってくれたらいいかなって思います。

最後の質問です。梶原さんにとって“理想のギブソン”、“こういうギブソンがあったらいいな”ってものは?今あるものでも構いませんし、あるものから、これとこれを組み合わせてみたいなことでも構いませんし、そういったものはありますか?
そうですね。今回レスポールと335を弾いて、改めて「ギブソンの定番の楽器の良さ」っていうものをすごく再認識したっていうか、とても素晴らしくて。もうちょっとフル・アコースティックのジャズ系の楽器だとかSGとかっていう、そのギブソンの定番の楽器っていうものを、もう一度ちゃんと弾いていきたいなって強く思いましたね。この定番の力ってすごくて、例えばギブソンにこんな感じのギターを開発してほしいっていうよりは、もうここをひたすら深めてもらいたいなっていう、そっちの方が僕は楽しみだなって思いました。

収録を終えて

栗田隆志 Gibson Japan

静と動のいずれかと言えば静。でも、内に秘めた強い芯が少ない口数からでもわかる。それが梶原さんの第一印象です。収録は、テーマ部でさえアドリブを交えつつ、毎回異なるフレーズを弾きながらも最短時間で終えてしまう高効率なものでした。インタビューも、ほとんど編集の必要がないほど正確かつ的を射たシンプルな回答が即答で戻ってきました。これまでお会いしたトップ・プロの皆さんに共通するのは、“相手の欲しいものを即座に理解する”という一言に尽きます。当然、そのスキルを磨くためには、想像力を駆使して深く思考する習慣をつける以外にありません。演奏技術はもちろんですが、こういったメンタリティの部分も一流の仕事の流儀には必要なのです。

仕事の依頼が絶えないプロとは、“仕上がりが求められたレベルを超える”が、まずありきで、さらに人間性においても“この人に頼みたい”と思わせる誠実さと信頼感を備えているのだとつくづく思い知らせれます。「これまで何曲のレコーディングに参加したのか自分でもわからない、おそらくは何万曲という単位ではないか?」という本人談にも合点がいきます。

今回の企画が決まり、梶原さん参加の音源を聴く中で、特に衝撃を受けたのは、SPEEDのWhite Loveのガットギターによるソロでした。そのメロディ、サウンド、スピード感のいずれも秀逸であり、スリリングなプレイが楽曲に入ることで生じているケミストリーにしびれました。当時リアルタイムで聴いていた頃は、4人の歌とダンスばかりに目と耳がいっていましたが・・・。

業界屈指のファースト・コールでありながら、「山本恭司さんがいなかったら今の自分はなかった」と公言し、「今剛さんは憧れであり、同じ舞台に立てるとは思わなかった」と言い切る飾らない人柄、そして自らが与えられたものを次世代に伝えていく活動に尽力する梶原さんのヒューマニスティックな部分にも強く感銘を受けました。

Product 使用ギターの仕様と特徴

1959 ES-335 REISSUEMURPHY LAB ULTRA LIGHT AGED

1958年に登場したES-335は、戦後ギブソンの主軸になりつつあったエレクトリック・アーチトップと、初のソリッド・ギターとして1952年に誕生したレスポールを橋渡しするモデルである。当時レスポールは新しいエレクトリック・ギターとして人気を博していたが、トーンと弾き心地は従来のアーチトップとはかなり違っていた。一方で、従来のアーチトップと同じボディ幅ながら厚みを浅くしたスィンライン・アーチトップを発売していたギブソンでは、それを更に発展させることで独自のセミ・アコースティック・ギターを生み出した。

ES-335は、左右対称のダブル・カッタウェイ、そしてネック/ボディのジョイントを19フレット位置にすることで、最終22フレットまでを無理なく使うことができる高い操作性を実現している。他社に先行したダブル・カッタウェイ・デザインは、その後レスポール・ジュニア/スペシャル、そしてSGへと受け継がれてゆくことになる。また、表裏にアーチ加工が施されたボディ材には硬いメイプル板の間に柔らかなポプラ材を挟み込んで作られた独自のプライウッド材が使われ、これがギターのトーンに独自のコンプレッション感を加えている。16インチ幅のボディは、フル・ディプス・アーチトップの約半分ほどに抑えられ、ボディ内部の中央には表裏を繋ぐメイプル・ブロックをセット。そこにブリッジ/テイルピース、ピックアップ・リングといった主要パーツが取りつけられている。

初期型となる1959年のスペックに基づいた1959 ES-335は、ドット・ポジションマーク、バウンド加工されたローズウッド・フィンガーボード、そして厚みのある滑らかなラウンド・グリップが再現されている。また、同年から採用された約2.5ミリ幅のワイド・フレットが使われている。カッタウェイ・ホーンの先端が丸みを帯びた初期型ボディ内には、最もタイトに加工されたドリルド・メイプル・ブロックが内蔵されている。チューン "O" マティック・ブリッジ/ストップ・バー・テイルピース等、レスポールとも共通したハードウェア類が搭載されているのも特徴となる。初期型ハムバッカーをカスタムショップで再現したカスタムバッカーでは、経年変化をも加味したアルニコ 3・マグネットを採用し、オリジナルと同じアンポッティング仕様にすることで、よりアコースティックな倍音構成を実現している。

マーフィーラボでは成分に拘って作られた専用のラッカーが使われており、このギターには4段階用意された経年変化処理の中で最も軽いウルトラ・ライト・エイジド加工が施されている。1958年に発売されたES-335にはサンバーストとナチュラル・ブロンド・フィニッシュが用意されたが、ナチュラルは1960年にチェリーと入れ替えらたことで、この間の出荷台数は209本にとどまった。

1958 LES PAUL STANDARDMURPHY LAB LIGHT AGED

1952年にギブソン初のソリッド・ギターとして発売されたレスポール・モデルは、幾度となく進化していった。当初はゴールド・トップ・フィニッシュ、P-90ピックアップ仕様だったレスポールが完成形ともいえるサンバースト・モデルになったのは1958年半ば。ボディ・トップには鮮やかなチェリー・サンバーストが施されたが、現存するヴィンテージ・ギターでは一本ごとに異なる色合いへと経年変化している。そして、この時期に採用されたアニリン・ダイを使ったチェリー・フィニッシュが、ネック及びボディ・バックに使用されている。サンバースト・レスポールには、前年に市場投入されたPAFの呼び名で知られるハムバッキング・ピックアップが搭載されたことで、ヴィンテージ・ギターの頂点ともいえる圧倒的なトーンと存在感を手に入れることになった。

1958-60年にかけて作られたサンバースト・レスポールには、各年ごとの特徴が見受けられる。マーフィーラボによって製作された1958年モデルでは、この時期の特徴となる約2.0ミリ幅のナロウ・フレットが使われ、チャンキー Cシェイプと名づけられた最も肉厚のあるファットなラウンド・グリップに仕上げられている。ヘッドストック・フェイスには、オリジナル同様の厚みに加工/塗装されたホリーウッド・ベニアの中にホワイト・パールを使ったスクリプト・ロゴがインレイされ、その下にはレス・ポール本人のサインがゴールド塗料を使ってシルクプリントされている。派手さを抑えた良質なプレイン・メイプルを配したボディ・トップには、実際のヴィンテージ・ギターから緻密に3D計測されたアーチ形状が復元され、背面のマホガニーは前後の厚みを僅かに変化させた専用のスペックに加工されている。また、トラスロッド・カバー、セレクタ・チップ、マウント・リング、ピックガード、そしてコントール・ノブといった細部パーツに加えて、トーンへの影響も大きいチューン "O" マティック・ブリッジ/ストップ・バー・テイルピースといったハードウェア類も素材/形状にこだわり抜いて作られたカスタムショップ製のものが使われている。初期型のハムバッキング・ピックアップを復刻したカスタムバッカーでは、個体差の大きいヴィンテージ・ハムバッカーの中でも、強さと豊かな表情が立体的な音像とともに再現されている。

マーフィーラボを象徴するのがエイジド加工が施されたフィニッシュ。ラボ専用に用意されたラッカーを使い、カラーやラッカー特有の細かなヒビ、使い込んだ様子を再現するために4段階の経年処理が用意されており、このギターには2段階目となるライト・エイジド加工が施されている。

文:關野淳
大手楽器店、リペア・ショップを経て、現在は楽器誌、音楽誌で豊富な知見に基づく執筆を行うヴィンテージ・エキスパート&ライター。


プロダクト・テクニシャンによるコメント

福嶋優太 Gibson Japan

プロギタリストが、音色と演奏性に多大な影響を及ぼす調整に重きを置くことは当然ですが、その調整内容は人それぞれ異なります。具体的には、今さんの場合はレスポールの弦高をかなり上げた状態で演奏しましたが、小倉さん、鳥山さんは可能な限り弦高低めというリクエストでしたし、今回の梶原さんは出荷基準そのままで問題ないとのことでした。後半ではTHE ART OF STRINGSに出演されるギタリストの皆さんのために収録前に行っている調整に触れますが、その前に先ず基本となるギブソンの出荷基準のおさらいをしておきます。理由は、収録用の調整に入る前に、先ずは出荷基準の状態で全ポジションを演奏して確認しているためです。


使用弦
カスタムショップ製品の出荷時の弦は、10・13・17・26・36・46です。弦は劣化するとピッチが不安定になり、チューニングが狂いやすくなりますので定期的に交換してください。その際には弦の巻き方に注意してください。チューニングが狂いやすい原因のほとんどは、ペグポストの部分に弦が正しく巻かれていない、または弦のストレッチが足りない場合です。新しい弦はチューニングが落ち着くまでしっかり伸ばしてください。


ネックの反りについて
ネックに反りがあるとビビりや音詰まりが生じます。ネックの状態を正確に判断するには経験が必要ですが、誰でも簡単に行える方法があります。先ずチューニングしてください。そして左手の人差し指で1フレットを、右手の小指で16フレットを押さえたまま、右手の人差し指で7フレットに触れてみます。弦とフレットの間にわずかな隙間(約0.2mm)があって弦が動く状態が出荷基準です。6弦と1弦の両方で行ってください。隙間がなくて7フレットと弦が密着していると、7フレット以下でビビりが発生するネックの逆反りが生じている可能性があります。逆に隙間が多いと、7フレットより上のポジションの弦高が高くて弾きにく順反りが生じている可能性があります。どちらの場合も、楽器本来の弾き心地が得られませんので、トラスロッドによる調整が必要です。これを放置して長く反った状態にしていると修理の際に大きな出費につながるので、弦交換のタイミングでこまめにチェックしてください。


ブリッジ
ネックの次はブリッジの高さを調整します。多くの場合、弦高が高くなったと感じるとブリッジを下げてしまいがちですが、順番としては先ずはネックの調整です。ブリッジによる弦高調整は、12フレットの頂点と弦の底面の間隔で行います。この間隔を1弦側で約1.2mm、6弦側で約2㎜に調整します。


調整作業は弾きながら
以上は、弾きながら確認することが重要です。多用するポジションだけではなく、全ての弦ごとに各フレット、ポジションを押さえて1音ごとに確認するとコンディションの変化にすぐ気付くことができます。


オクターブ調整
皆さんも経験があるかもしれませんが、友人から借りたギターを演奏した時に、自分はチューニングがおかしい気がするが、所有者が弾くと問題ないといったことがあります。このようにオクターブ調整は、演奏者の弦の押さえ方、弦高、フレットの間の押さえる位置、プレイスタイルに合わせて調整する必要がありますので、演奏者自身で調整してください。エレクトリック・ギターの場合は、できればストロボチューナーなどの高性能なチューナーで合わせることをお勧めします。オクターブ調整で重要なのは0フレット(開放弦)と12フレットを押さえた時の音程の差をできるかぎり少なくする事です。


収録時のセットアップについて
ここで今回の本題ですが、誰でも楽しく運転できる市販車の乗り出しの状態と、ある特定のドライバーがレースで高いパフォーマンスを発揮するためのセッティングが異なるように、ギターも出荷基準と特定の演奏者がレコーディングで高いパフォーマンスを発揮するセッティングは異なります。THE ART OF STRINGSにおいては、あらかじめ出演者の動画や音源を聴きこんで、弾き方や音の傾向を把握した上で、事前に頂いている調整リクエストに近づけるために「必要なことは何か、そのためには何をすべきか」を考えます。特定の演奏者に特化した調整については別の機会として、今回はベーシックに行う作業を項目ごとに説明します。


ネックと弦高
収録の際には、ネックをストレートにというリクエストが多いので、その場合はよりシビアな調整となります。弦高が低くてもビビりや音詰まりが極力出ないように調整します。弦高を高くするのは現場でブリッジを調整することで対応できますが、低くする場合は他箇所と干渉して不具合が生じる可能性があるためです。必ず行うことは、フレットを丁寧に磨き、滑らかなチョーキングができるようにする、指板も同様に念入りに磨き、レモンオイルで仕上げて滑らかにスライドできるようにします。


ブリッジ・サドル(駒)
指板には12インチR(約305R)のカーブがついていますが、多様なプレイが求められる現代の音楽では、ハイポジションのカーブをやや緩くすることで、ハイポジションでチョーキングする際の音詰まりを軽減させます。このためブリッジ・サドル(駒)の溝切りは、12インチのRよりやや緩やかなカーブとなるようにゲージで計測しながら調整します。


オクターブ
THE ART OF STRINGSを細かいところまで視ている方であれば気付くかもしれませんが、ABR-1ブリッジの駒が全体的にネック側に前寄りになっています。弦高を低くして弦とフレットが近くなると弦を押さえた時の音程の変化が少なくなるためです。


テイルピース
諸説ありますが、THE ART OF STRINGSでは、指定がない限りはテイルピースをやや上げた状態でセッティングします。これには理由があり、テンション感を変えて滑らかなチョーキング、サステインを得る、またチューニングの狂いを軽減させるためです。レスポールやESをお持ちの方は、是非試してみてください。ただしテイルピースを上げすぎるとブリッジ・サドル(駒)とナットに掛かるテンションがなくなり、弦が溝から外れることがあるので注意が必要です。チョーキングの時に指の引っ掛かりが気になる方はベタ付け(最も下げた状態)でもかまいません。


ピックアップ
ハムバッキング・ピックアップには、各弦の音量をマイナス・ドライバーで簡単に調整できるポールピースが付いています。収録用ギターで意識していることは、できる限りプレーン弦でのソロの際に音が細くなったり、すぐに減衰したりしないようにすることです。逆に巻き弦の音が強く出すぎている場合は、ピックアップの吊りビス側で下げてから、さらにポールピースでも下げるようにします。ポイントは各弦の音量を揃える事です。これはコードを弾いた際にバランスの良いサウンドが得られるという効果をもたらしてくれます。この調整は、カスタムバッカーの様なエナメル・コーティング・コイルのピックアップで特に効果を得やすいようです。

The Art of Strings vol. 3

鳥山 雄司 Yuji Toriyama

Profile

ギタリスト、音楽プロデューサー。1981年慶応大学在学中にセルフプロデュースによるソロ・デビューアルバムを発表。その後1996年にスタートしたTBS系ドキュメンタリー番組「世界遺産」にテーマ曲「The Song of Life」を提供、大ヒットオムニバスアルバム「image」にも収録され、自身の代表曲となる。他、フジテレビ系「フジサンケイクラシック」ゴルフ中継テーマ曲「Let me go」をはじめとする数多くの名曲をリリース。現在までにソロアルバムを15枚、また、学生時代からの朋友 神保彰(ds)、和泉宏隆(key)とのユニット「PYRAMID」によるアルバムを5枚発表している。アレンジャー、プロデューサーとしても松田聖子、吉田拓郎、葉加瀬太郎、CHARA、鈴木雅之、TUBE、宮本笑里、宮本文昭、伊東たけし、小松亮太、WeiWei Wuu等、幅広いジャンルのアーティストを数多く手掛ける一方で、アニメーション「ストリートファイターII MOVIE」「鋼鉄三国志」、ゲーム「幻想水滸伝V」、映画「神様のパズル」「クヌート」等のサウンドトラックも担当。2014年には自身のレーベル「Super Paw」を設立。 精力的にその活動の幅を広げている。 https://www.toriyamayuji.com

「Tornado」
「Whenever You Want」

Photos 収録の様子

Interview 収録後インタビュー

3/24 2022 at Sony Music Studios Tokyo
Interviewer: Tak Kurita Gibson Japan
Special Thanks: Jun Sekino

鳥山さんが所有されるレスポール・デラックスはミニ・ハムバッカーですが、今日の収録に使用されたレスポールはハムバッカーです。音も特性も違いますが、自身のギターとは違うプレイが出てきましたか?それとも違和感なく?
やっぱりミニ・ハムバッカーに比べるとレンジも広いし、特に高域の感じが違うんですよね。でも、今日弾かせてもらったのはパワーも適度にこなれてるっていうか、すごいパワーがあるって感じでもないし、コントロールもしやすい。いい感じでしたよすごく。

おっしゃるとおりで、アンダー・ワウンド・カスタムバッカー(Eバッカー)は、パワー抑えめで、トレブル・ハイまで出るような感じです。微調整はギターのコントロールで行っていましたよね?
ギブソンのギター全般に言えることで、ハムバッカーが2つ付いているどんなギターでもいんですけど、センター・ポジションでフルテンじゃなくって(ボリュームを)9とか8とか、本当にコンデンサが働いてフルテンになって音が変わる寸前のところっていうのにうまく調整して、センター・ポジションで“ジャキ”ってやると、ホントに“ジャキ”っとなるんですよね。どんなギターよりも。(一般的なギターは構造的にボリュームを下げると僅かにトーンも下がる)すごいスーパー・クリーンなアンプでそれを弾くと“ペラン”って聞こえるんだけど、実はレンジがあって。僕はすごく好きな音なんだけど。それがうまく再現されているギターですね。

330もお持ちですが(1959年製ギブソンES-330TD)こちらは軽くて取り回しが良いフルアコみたいなイメージで買われたのですか?
本当は335を探しにいったんですよ。その頃・・・1979年とか80年だったのかな、とにかく335がめちゃくちゃ人気で、いいギターが無かったの。だったら中に木も入っていないし(ボディの中にセンター・ブロックが無い)、全く違うけど弾いた感じサステインもいいし、「こっちのほうがいいや」って330を買っちゃんたんですよね。

今日使われた2本はエイジド仕上げになっていまして、ヴィンテージの弾き心地まで再現しているモデルですが、お持ちのギブソンと比べて感じたことはありましたか?
作りはすごくしっかりしていますね、僕が持っているのより。ひとつギブソンに対して思いれがあって・・・父親が米軍キャンプでギターを弾いていたんですよ。L-50っていうピック・ギター(アコースティック・アーチトップ)を持っていて。どんなエレキ・ギターよりも取り回しがいいギターで、ギブソンに対してのイメージってそこ。生まれた頃からそのギターがありますから、それがイコール・ギブソンのタッチなんです。だから僕にとって弾きやすいか弾きにくいかっていうのは、家にあるL-50が基本で。「ギブソンのエレキ・ギターってプラグインするとこういう音なんだよね」ってのは、後からついてくる感じなんです。そのフィールはすごく近い。全部コントロールしやすい楽器でしたよ、今日は。

鳥山さんは機材がシンプルですね。ペダルも最小限ですし、後はもうアンプに繋ぐだけ。主に弾き方とかギター本体のコントロールで音作りをされています?
そうですね。今日持ってきたペダル・ボードってサブなんですよ。実はサブも去年の夏まではスイッチング・システムを入れないで“男の直列繋ぎ”でやってたくらいで。いつの日からかシンプルなところに返り咲いちゃったんですよね。前は、“あれ繋いでこれやって、空間系はセンドでループして”みたいなことやってたんだけど。やっぱりレコーディング業務というか、コンサートでもPAに繋がれたマイクでとって再生される音を聞かせることが圧倒的に多いので、録った音が「これでいいじゃん」って、結果よければ何でもいいっていう考え方になっちゃって。ニュアンスは本当に弾き方とピック、左手も重要ですけど、そういうので作ってる感じですかね。

そういったことができるのは、元々ジャズが基礎にあるから?
こういう言い方しちゃうと元も子もなんですけど、歪んでいても歪んでいなくても自分の好きなトーンってのがあるんですよね。例えばここにSGがあるとかセミアコがあるとか、何でもいんですけど、なんとかして自分の好きなトーンに持っていくんですよ。自分の好きなトーンなんだけど、プレイヤーとしては「うーん、やっぱコレはレスポールだな」ってのが弾いてくうちにわかるっていうか。まず自分の好きなトーンを作ってから素材を味わうみたいな、そんな感じ。

自分の好きな音のイメージが明確にあると。
そうですね。

どの楽器でもそこに最短距離で近づけるって、けっこうな技術なんじゃないですかね。誰でもできることではなくて。
どうなんだろう。でも、コントロールができるってのがギタリスト。どんな楽器を弾く人もそうだけど、やっぱコントロールできないとその楽器が使えないなって事になっちゃうんで。

The Art of Strings vol.3 YUJI TORIYAMA Interview

3/24 2022 at Sony Music Studios Tokyo
Interviewer: Tak Kurita Gibson Japan
Special Thanks: Jun Sekino

鳥山さんが所有されるレスポール・デラックスはミニ・ハムバッカーですが、今日の収録に使用されたレスポールはハムバッカーです。音も特性も違いますが、自身のギターとは違うプレイが出てきましたか?それとも違和感なく?
やっぱりミニ・ハムバッカーに比べるとレンジも広いし、特に高域の感じが違うんですよね。でも、今日弾かせてもらったのはパワーも適度にこなれてるっていうか、すごいパワーがあるって感じでもないし、コントロールもしやすい。いい感じでしたよすごく。

おっしゃるとおりで、アンダー・ワウンド・カスタムバッカー(Eバッカー)は、パワー抑えめで、トレブル・ハイまで出るような感じです。微調整はギターのコントロールで行っていましたよね?
ギブソンのギター全般に言えることで、ハムバッカーが2つ付いているどんなギターでもいんですけど、センター・ポジションでフルテンじゃなくって(ボリュームを)9とか8とか、本当にコンデンサが働いてフルテンになって音が変わる寸前のところっていうのにうまく調整して、センター・ポジションで“ジャキ”ってやると、ホントに“ジャキ”っとなるんですよね。どんなギターよりも。(一般的なギターは構造的にボリュームを下げると僅かにトーンも下がる)すごいスーパー・クリーンなアンプでそれを弾くと“ペラン”って聞こえるんだけど、実はレンジがあって。僕はすごく好きな音なんだけど。それがうまく再現されているギターですね。

330もお持ちですが(1959年製ギブソンES-330TD)こちらは軽くて取り回しが良いフルアコみたいなイメージで買われたのですか?
本当は335を探しにいったんですよ。その頃・・・1979年とか80年だったのかな、とにかく335がめちゃくちゃ人気で、いいギターが無かったの。だったら中に木も入っていないし(ボディの中にセンター・ブロックが無い)、全く違うけど弾いた感じサステインもいいし、「こっちのほうがいいや」って330を買っちゃんたんですよね。

今日使われた2本はエイジド仕上げになっていまして、ヴィンテージの弾き心地まで再現しているモデルですが、お持ちのギブソンと比べて感じたことはありましたか?
作りはすごくしっかりしていますね、僕が持っているのより。ひとつギブソンに対して思いれがあって・・・父親が米軍キャンプでギターを弾いていたんですよ。L-50っていうピック・ギター(アコースティック・アーチトップ)を持っていて。どんなエレキ・ギターよりも取り回しがいいギターで、ギブソンに対してのイメージってそこ。生まれた頃からそのギターがありますから、それがイコール・ギブソンのタッチなんです。だから僕にとって弾きやすいか弾きにくいかっていうのは、家にあるL-50が基本で。「ギブソンのエレキ・ギターってプラグインするとこういう音なんだよね」ってのは、後からついてくる感じなんです。そのフィールはすごく近い。全部コントロールしやすい楽器でしたよ、今日は。

鳥山さんは機材がシンプルですね。ペダルも最小限ですし、後はもうアンプに繋ぐだけ。主に弾き方とかギター本体のコントロールで音作りをされています?
そうですね。今日持ってきたペダル・ボードってサブなんですよ。実はサブも去年の夏まではスイッチング・システムを入れないで“男の直列繋ぎ”でやってたくらいで。いつの日からかシンプルなところに返り咲いちゃったんですよね。前は、“あれ繋いでこれやって、空間系はセンドでループして”みたいなことやってたんだけど。やっぱりレコーディング業務というか、コンサートでもPAに繋がれたマイクでとって再生される音を聞かせることが圧倒的に多いので、録った音が「これでいいじゃん」って、結果よければ何でもいいっていう考え方になっちゃって。ニュアンスは本当に弾き方とピック、左手も重要ですけど、そういうので作ってる感じですかね。

そういったことができるのは、元々ジャズが基礎にあるから?
こういう言い方しちゃうと元も子もなんですけど、歪んでいても歪んでいなくても自分の好きなトーンってのがあるんですよね。例えばここにSGがあるとかセミアコがあるとか、何でもいんですけど、なんとかして自分の好きなトーンに持っていくんですよ。自分の好きなトーンなんだけど、プレイヤーとしては「うーん、やっぱコレはレスポールだな」ってのが弾いてくうちにわかるっていうか。まず自分の好きなトーンを作ってから素材を味わうみたいな、そんな感じ。

自分の好きな音のイメージが明確にあると。
そうですね。

どの楽器でもそこに最短距離で近づけるって、けっこうな技術なんじゃないですかね。誰でもできることではなくて。
どうなんだろう。でも、コントロールができるってのがギタリスト。どんな楽器を弾く人もそうだけど、やっぱコントロールできないとその楽器が使えないなって事になっちゃうんで。

今日のアンプ、メサ・ブギーのバッドランダー50も、初めてだと思いますが、現場で初めてのアンプに対応する時って、どのように音決めするのですか?
リファレンスが自分の頭にあるんですね。それで今日みたいに、1回ナマで聞いて、弾いて、音作って、その録音したものを再生して聞いて、それで“思ったとおりの音”ってなればもういじらないっていうか。その後、ああでもない、こうでもないっていじっていくと輪郭がボケちゃうんで。後はもう、自分の手で強く弾いたり弱く弾いたりで(コントロール)する感じですかね。

欲しい音に寄せていって、後は弾き方で完成させちゃうっていう、シンプルな法則があるのですね。
そう、なんかね。根性論じゃないですけど、“あとは手でがんばれ”みたいな感じはあります。

先ほど335が超流行っていた、人気だったっていう話があったじゃないですか。クロスローバーとかフュージョンとか、そういう音楽が生まれてきた時、当時のギタリストでいえば、例えば・・・
ラリー・カールトンとか。

そう、その時代クロスオーバー、フュージョン黎明期のギタリストの多くがセミアコで名演を残しているじゃないですか。それには何か理由があったのですかね。
多分オールラウンドな音が作りやすかったんだと思います。レスポールも、もちろん素晴らしいギターだけど、歪ませたときのガッツの感じが・・・。今AORがまた流行ってるじゃないですか。“ああいう中では、ちょっとトゥー・マッチだったんだろう”なあって。例えば僕が中学、高校の時、最初に聴いたのって、テン・イヤーズ・アフターのアルヴィン・リーとか、B.B.キングとか。ブルースの流れを汲んでクラプトンも使ってたじゃないですか。ブリティッシュの影響を受けたブルース・ロックみたいな人が使ってたんですよね、セミアコって。そういう楽器なんだってずっと思ってたわけ。ブルースの人が使う楽器って。そしたら、いきなりダイナ・コンプ(MXR)とかダン・アームストロングのオレンジ・スクイーザーとかポコっと付けて、軽いコンプレッションでカッティングしたりとか、シングル・ノートですごい浮き立つようなバッキングがあったりとかして。“これなんだろうな”って思ってたら335。もうそれが定番になっちゃったみたいなね。だから、「335持ってないの?」って感じで、スタジオ仕事を始めた頃は“まず335ありき”みたいな感じでしたね。(ピックアップ・セレクタを)リードにした時のちょっとカントリーみたいなスタイルもいけるし、逆にフロントでちょっとトーンを絞ってジャジィなものもできるし。さっき言ったようにセンター・ポジションで、8とか9ぐらいのボリュームで、非常に小気味の良いストラミングができる音色になったり。やっぱり用途が広い楽器なんだと思いますね。

ほとんど同じセッティングでレスポールと335を使ってもらいましたが、やっぱり335のアタックの音は全然違いますね。
そうなんですよね。逆にアタックがガツンってのはレスポールのほうがあると思うんですけど。サステインと共にチョーキングしたりヴィブラートするときについてくる感じが335って独特な色気がありますよね。

今日の2曲はPYRAMID(鳥山雄司/ギター、神保彰/ドラム、和泉宏隆/ピアノ)の楽曲ですね。「Tornado」と「Whenever You Want」という代表曲中の代表曲。
「Tornado」は和泉君が書いた曲で、2枚めの『以心伝心』(2006)っていうアルバムで、あの曲を和泉君が持ってきて、「こういうユニゾンをみんなでやりたいんだよね」っていう時に、「ああ、これ絶対レスポールだ」って思ったんですよ。さっき言った、レスポールのフルテンじゃない、しかもセンター・スイッチのポジションで、歪みすぎず、でもけっこうガッツがあって、っていうのはもうレスポールしかないなと思って、レスポールで仕上げた曲。「Whenever You Want」は、その後に出した『PYRAMID 3』(2011)っていう3枚目に入っている楽曲で。その頃は自分のモデル(ジェームス・タイラー)をずっと使っていて。自分のモデルは実はソリッドの格好をしているんだけど中がホロウでセミアコ状態なんですよ。ちょっとね、335っぽいニュアンスの楽器で。今回なんで335であの曲をしようかなって思ったのは、“マホガニーの木が入ったギター(ES-335の場合はネック部)で、あの曲を弾いてみたい”ってのがあって335を試させてもらったんですけど、すごく感じよかったですね。

さきほどの“指とか弾き方で音を作る”ってところに戻っちゃうんですけど、70年代はスタジオ系ギタリストの皆さんが、ほとんど同じような機材で仕事をしていたわけで。その中で“自分ならではの音を出そう”って意識はあったのですか?
セッション・ミュージシャン、スタジオ・ミュージシャンの仕事って、当時ほんとにバカみたいに忙しくて。どんなアーティストで、どんな曲なのかはスタジオ行くまでわかんなくて、譜面があって、それ見て対応して、テイク2か3で全部弾いて、それでOKにしないとクビですから。自分の音色で何かをやるっていう考え方も大事だけど、ドラム、ベース、キーボード、ピアノかエレピでエレキ・ギターがいて、最低4リズムでパーカッションがいてって時に、どういうアンサンブルをギターで出すかっていう。そういうアプローチの仕方で“何々系のギタリスト”って分けられてたんだと思うんです。あとは、もっとシビアに音楽的だと、ドラムやベースに対して、いわゆる“速い”のか“遅い”のか、どこに対してノッてるのかっていうリズムのグルーヴの作り方が根本的に。やっぱり所詮ギターって上モノなので、うまい具合にドラム、ベースに絡むっていうのが、「この人はちょっと前めよね」、「この人はちょっと後ろめよね」とか、「この人はすごく正確で、何しても同時なところに行くね」とか。そういう個性っていうのが大事にされていた気がします。

かなり鍛えられますね。その環境と現場だと。
鍛えられますよ。うん。

先ほどのPYRAMIDのメンバーのみなさんも、ほとんど同じ世代で同じ音楽が好きだったわけですよね。その共有体験の広さっていうのが今と全然違う気がします。音楽が変わってきた時代じゃないですか、さっきのクロスオーバー/フュージョンの時代って。ブルーノートやモータウンがLAに移ったりとか、あとレーベルが色々でてきたり。
ハイハイ、ハイハイ、CTIやアリスタが(新しいレコード会社やレーベル)・・・

あの時代に、続々と新しい音楽が生まれてきたっていうのは何か背景があったのでしょうか?
おそらくジャズの人たち及びジャズのプロデューサーが、“歌モノ”をプロデュースするようになってきて、クリード・テイラーっていうプロデューサーがCTIを作ったりとか(1967年)、アリスタ・レーベルができたりとか(1974年)。あとはクインシー・ジョーンズの一門の中に、デイヴ・グルーシン(ピアノ)とかボブ・ジェームス(ピアノ/プロデューサー)がいるんですけど、彼らがアメリカのテレビの劇伴で大ヒットを飛ばすようになって。その後、今度ボブ・ジェームスとかグルーシンがプロデューサーになって自分のレーベルを立ち上げると、もっと明確にこういう音楽を作りたいって時代になってきたんだと思うんですね。自分たちの好きな音楽を好きな形で出して、それに当時のトップ・ミュージシャン達がついていったっていう。それがアメリカの華やかなクロスオーバー全盛期。だからポップスにしてもホントに、うまいミックスのされかたですよね。マリーナ・ショウ(シンガー)とかもそうじゃないですか。ハーヴィー・メイスン(ドラム)とチャック・レイニー(ベース)とラリー・カールトン、デヴィット・T. ウォーカーがいて。だから、ああいう今までちょっとジャズ・フィールドのところにいた人がポップスに呼ばれたっていうか。それで作っていったものじゃないですかね。

そういった新しい音楽を一番多感な時期に浴びましたね。
それを神保君と和泉君と僕は15-16歳で、おもいっきり体験してしまって。僕なんかはジェフ・ベックが『ブロウ・バイ・ブロウ』(1975)を出した時に、「これ中身違うんじゃないの」って最初思ったんですよ。「これホント?」みたいな。ジェフ・ベックがいきなりファンク/R&Bに走ったら、今度はジョージ・ベンソンがいきなりイージー・リスニングに寄った『ブリージン』(1976)みたいなのを作って。みんながそこに寄っていった、すごく面白い時代ですよね。

その多感な時期ですが、お父さんがギターを弾かれていて、幼少の頃にジャズ、ハワイアン・ミュージックが家で普通にかかっていて、物心つく前からウクレレを渡されたりと、家の中がかなり特殊・・・いや特別な環境だったそうですね・・・
特殊ですよね。

意識しなくても、そういう音楽が勝手に入ってきたわけですよね。
父は僕が生まれた頃はサラリーマンになっていたので、「こいつはどうなるかわかんないけど、一応音楽的な才能は伸ばしてやろう」と思ったらしくて、赤ちゃんが使うようなガラガラとかは一切なく、家には音叉と楽器しかなかったんですよ。父親に感謝したいのは、中学生くらいになってエレキ・ギターが欲しいという時に「日本製はダメ」って。「とにかく楽器はアメリカ製のちゃんとしたものじゃないとチューニングも合わないし、使い物にならないからダメだ」って。だから、家にそういう楽器があったのがラッキーだったのでしょうね。

お父さんが聞いていたジャズっていうのは、いわゆるビバップとか?
父親が聞いていたのは、スウィングからバップに行くぐらいで、ギタリストでいうとバーニー・ケッセルとかタル・ファーロウとか。元は父親のアイドルはレス・ポールなんですよ。“レス・ポール・アンド・メリー・フォード”。多分そこから遡ってチャーリー・クリスチャン。米軍キャンプで弾いている時、アメリカの兵隊さんが「こういうのがあるぞ、こういうのもあるぞ」って、いろんな情報をくれるらしいんですよ。バーニー・ケッセルだ、ダル・ファーロウだ、ケニー・バレルだ、ウエス(モンゴメリー)はちょっと後になってから。だからそこらへんのレコードは死ぬほど家にありましたね。

家にあった音楽ではなくて、その後に自ら「これ買おう」って自分で手に入れた音楽はどのへんでした?
一番やられたのは小学校から帰ってきて、土曜日にNHKでやっていたジミ・ヘンドリックスで、「あっ、この人ギター燃やしちゃうんだな」ってのがすごい衝撃で。「これカッコいい」って思って聴き始めたのがジェフ・ベックかな。当時まだビデオなんか無い時だったんだけど、お金持ってる家の子がBetaなのかな?(ソニー・U マチック)を持っていてジェフ・ベック・グループのどこかのスタジオ・ライヴみたいな映像(おそらく『Beat Club』1972)を見ちゃったんですよ。もうその日から私はジェフ・ベックになると決めてですね、とにかくジェフ・ベックを全部買ったかな。その後BBA (Beck Bogert & Appice) を見て、その後すぐ『ブロウ・バイ・ブロウ』(1975)が出て、「これは、それどころじゃない」と。これはファンクだと。「ファンクを聴かないといけない」って、そのまま違う世界に行った感じですね。

すごくいろんなものが同居してますよね、鳥山さんの中には。
そうなんですよ。

デビューしてしばらくはギター・インストの作品で、その後80年代に入ってオリコンにチャートインするアーティストのレコーディング・ギタリストとか、編曲、プロデュース業に移行して行きますけど、それってスムースにいったのですか?
(意を決した感じで)今だからもういいだろう。自分のファースト・アルバムを作った時、エンジニアの人もいてプロデューサーもいたんですけど、全く思ったような音にならなかったんですよ。もちろんアレンジとかは自分でしてたんですけど。「なんでこんな事になっちゃうの」っていう仕上がりになっちゃって。これはミックスのこととか、もっといろんな楽器に興味を持って勉強して、“自分で納得のいく音を作れないとだめだ”って思ったんです。そこから、もちろんソロ活動はしてるんだけど、アンサンブルをすごい気にするようになって。その頃ラッキーなことに、ラーセン=フェイトン(ニール・ラーセン、バジー・フェイトンによるユニット)と東京で一回セッションできて、そのままロスへ行ってレコーディングした時に、「エンジニアだけお願いがあるの」って言って、「アル・シュミット(50年代から活躍する伝説的なエンジニア)をお願いしていい?」って言って。たまたまラーセン=フェイトンってアル・シュミットだったんですよ。「いいよ、いいよ」ってなって。アルさんがやると「おお、こうやるのか」みたいなね。いい時代ですよね、海外レコーディングやり放題で。そこら辺から、よりアンサンブルのことが面白くなってきて。ソロ・ギタリストとしての活動以外にスタジオ・ミュージシャンっていうのも憧れだったので、スタジオ・ミュージシャンの仕事をしていくうちに「アンサンブル、こういうふうにした方がいんじゃないですか」と口を出すようになり、「だったら、お前がアレンジしろ」って言われて、アレンジャーになってしまい。これは賛否両論あるんですけど、僕が思い描いていた15-16歳の頃の、さっき話していたクロスオーバー・ミュージックと日本で独自に進化していたフュージョンっていうのとは、こーんな違うところにいっちゃってて。僕が好きなインストゥルメンタル音楽は70年代後半から80年代初頭のものなんだけど、「どうやら日本で流行っちゃっているのは全然違うものだ」ってなっちゃって。「かといって、今から4ビートのジャズもできないしなー」、「ちょっとこれは静観しましょう」って、インストゥルメンタルを休業してたんですよ。でも、ジェフ・ローバーってキーボーディスト/プロデューサーがいて、ものすごいスムース・ジャズの大家としてアメリカではヒットメーカーでもあるんだけど、そのジェフ・ローバーがポーラ・アブドゥルの1枚目を1曲だけプロデュースしてるの。かっこいい曲だなって思ったら、ジェフ・ローバーって書いてあって、この人なんてワイド・レンジに仕事をするんだろう。っていうのがまずひとつと。同じくシステムっていうユニットがいて、システムのキーボードの人(デヴィッド・フランク)がクリスティーナ・アギレラをプロデュースしてて、それもメチャクチャかっこいいわけ。そういうのを見て「そうか日本ってそういう人はいないよな」っと思って。「そういう人になーろう」って思って活動してたのが、80年代の後半から90年代いっぱいって感じですかね。

ワイド・レンジな活動はまさに鳥山さんがそうなんですけど、それってかなりの引き出しがないとできないですよね。
いろんなことに首を突っ込みたいんでしょうね。だから打ち込みが流行れば「打ち込みやってみたい」って。それは、やっぱりスティーヴィー・ワンダーが大好きだったから。スティーヴィーって全部自分でやるじゃないですか。

自分の理想とする音楽、面白い音楽をつくりたい・・・でもそれって仕事ですから、ただやりたい、楽しいだけっていうわけにはいかないですよね。
そうですね。

でも、やってきたことが、きちんと評価をされて。例えば、鳥山雄司『チョイス・ワークス』(1982-1985年にかけてのインストゥルメンタル曲集)ってアナログ盤(レコード)が出たりして、海外でも再評価されてきて。私も最近やっと大阪のレコ屋で掘り当てました。探してたんですよ、なかなか無くって。
ああ、そうですか。ありがとうございます。

あとTBS系「世界遺産」のテーマ曲「ザ・ソング・オヴ・ライフ」。あれなんかオーケストラレーションですから、管弦とか、いろんな楽器の知識がないと書けないんじゃないですか?編曲もそうですけど。
スタジオで「あーでもない、こーでもない」ってアンサンブルに口出すようになって、「じゃ、お前がアレンジしろよ」って時って、レコード会社にまだ余裕があったんですよ。レコード会社のデレクターが若いミュージシャンを育てるって気概があって。「ちょっとアレンジしない?」ってなると「わかりました」ってやるじゃないですか。そのうち「あのさ、今度はちょっと弦とさ、ブラス・セクションもあるんだけど」、「でも僕書いたことないっすよ」って言っても「大丈夫、大丈夫、ナントカさんが書いた譜面とか全部残ってるから、参考に持っていっていいから」ってくれるんですよ。そのくらい若い人を育てる気概があったんですよね、レコード会社に。そういう名物プロデューサー、名物ディレクターがたくさんいて、その恩恵に預かったのは大きいと思います。だから、ほんとは恩返ししなきゃいけないんだけど、未だにあんまりできてない。すいません、ホントに。

確かに当時の音楽業界の気概ですよね。実験的なことをやろうとか、新しいものを作ろうとか、ミュージシャンを育てようといった。
今みたいに、ラップトップ1個持って自分で打ち込んできて、“データーを渡して納品”っていうことにはならないから、スタジオを借りて実作業をして作り上げなきゃいけないじゃないですか。それが深みにはまってくと、10時間かかったり12時間かかったり。下手すれば丸一日スタジオにいて、「掃除のおばさん入ってこないで」みたいなことがあったりするんだけど、その気概のある人達は「お前のおかげで、また始末書書いてんだよ」っていうのがあったんですよ。そういうことをやってくれる人ってのがたくさんいて。ホント感謝です。

そういった寛容な方々、大人の方々は、そこから出てくる新しい音楽とか、ミュージシャンとか、作品がきちんと生まれると、苦労の分だけ喜びも・・・
でしょうね。

自分が面白いと思えるものを作る、編曲もやる、曲も作る、ギターも弾く・・・と言っても、それが仕事である以上、やっぱり依頼する側から、それはレコード会社とか、タイアップにしてもそうですけど、求められるものって時代で変化していくじゃないですか。ギターの音も、編曲の仕方も、作品自体の音も。その変化に対応していかなければ期待に応えられないと思うんですけど。それって、かなりアンテナ張って勉強してないとできないですよね?
今のご時世はダイバシティーが行きすぎちゃってて。良い悪いってほんとに音楽には無いのと、これがトレンドってのは、昔の方がはっきりしていた気がして。今は逆に媒体がたくさんあるじゃないですか。SNSもあるし、それこそTikTokもあるし。だから何かでバーンとはねちゃうと、我々が知ってたメディアとは考えられないスピードでものが流行っちゃうとか、トレンドになるんで。もちろんアンテナは張ってるんだけど、網をちょっと粗めにして、全部が引っ掛かるとものすごい量になっちゃうんで、“落ちるものは落ちちゃっていいです”っていう風に今はしている感じですかね。

神保さんも言われてましたけど、「変化に対してオープンでありたい」っていうか。今の音楽や音作りにも蓋をするんじゃなくきちんと・・・
ラッキーなことに、また今、全世界的に70'sのグルーヴとか、80’sの初期のものとか、結局我々が一番おもいっきりリアルタイムで波を被った音楽が今また面白いっていうか、トレンドになっているところもあるので。でも、それを僕がまた同じことをやってもしょうがないって思ってるんですよ。やっぱり若い人達が違うアプローチで、でも最終的にはそこに行くのかもしれないんだけど。違うアプローチで到達することが面白い新しい文化になると思ってるんで。だから、僕たちはやっぱりその次を考えなくちゃいけないかなとは思っていますけどね。

そこなんですよね。昔の型をなぞっても新しいものは作れないですし、でもあんまり型から外れて“今はこれがきてる”みたくなると、昔からのPYRAMIDファンは、ちょっととっつきにくいものになっちゃうかもしれないし。そのバランスというか、さじ加減が難しい気がします。
うん、うん。ファンの皆さんは、それこそ今日のシュート(収録)じゃないけど、生身の人が弾いて、その時の音ってのがちゃんと聞こえるのが一番いんじゃないですかね。やっぱり、この2年位ライヴもままならない状態が続いているので、空気越しにちゃんと聞こえる音楽ってのが一番みんなありがたがるんじゃないですかね。

そうですよね。楽器がそこで鳴って、空気を通って耳に届くのが音楽ですもんね。そろそろ時間ですが、何か「これは言いたい!」とかあります? あっ、宇多田ヒカルさんの「キャン・ユー・キープ・ア・シークレット?」のギターも鳥山さんですよね?そういう音作りもされてるじゃないですか。入っているカッティングの音だとか、アコギの音も今的というか。型は踏襲しつつも、新しいものもきちんとやられてるなって思いました。
我々がスタジオワークをしていた時って、機材の流れもすごくて、機材が変わってきたから音楽も変わってきて、録音するメディアもこれだけ変わってきちゃったからだと思うんですけど、例えば今まではエレクトリック・ピアノだったものが、それがシンセサイザーのハイブリッドな音になったり。そうなった時に「じゃあギターはどう寄り添えばいいの?」って。それまでの音、それこそ「335にコンプかけたものじゃやっぱ抜けてこないよね」みたいのがあって。アンサンブルの中で変わっていったことは大きいですね。この25-26年。ヒカルちゃんだと、1枚目で・・・なんて曲だったかな?とにかく330を使ったんです。(おそらく「In My Room」)で、ワウが欲しいって言われて。なんかソリッドでやるとつまんないから「じゃあ、これ330がいいかね」って。だから臨機応変にやっていることは確かです。

サウンド・チェックの時にゴールド・トップでカッティングしてたじゃないですか。“ああこの音、あの時代の音だな”みたいな。例えばタワー・オヴ・パワーとかアースとか。カッティングひとつとっても、その頃のハムバッカーのカッティングと、その後ナイル・ロジャース、シックが出てきてから、まるっきり世界が変わったじゃないですか。
そうそう。やっぱりあれですよ。ファンクっても、スライ(スライ&ザ・ファミリー・ストーン)とか。あっち系の人達の後に、レイ・パーカーが、いわゆる「ゴースト・バスターズ」(1984)で売れる前のレイ・パーカーがもうバッチリのリズム・ギター・プレイヤーとして名演をしてるんだけど、ハーヴィー・ハンコックの『マン・チャイルド』(1975)っていうアルバムの中で。やっぱりレスポールでカッティングしているんですよね。それがもう・・・リズムはあるわ、ほんとにシングル・ノートに近いんだけど、こう・・・川になっていくっていうか、点じゃなくて線じゃなくて川のようにバーッってグルーヴしている感じとかが・・・あれは、すごい斬新っていうか。一方でやっぱナイル・ロジャースみたいなのもカッコいいですけどね。だから、どっちもありっていうことで。後発隊のいいところで、どっちもいいとこ取りって感じですかね。

最後の質問なんですけど、鳥山さんにとって“こんなギブソンあったらいいのに”っていうギターは?
レスリー・ウエスト(マウンテン)がけっこう好きなんですよ。レスリー・ウエストとかゲーリー・ムーアの音とか大好きで。ああいうクリーミィなんだけど、ちょっと鼻詰まりのガツンとしたやつって、なかなか出したくても出ないんですよね。それはきっとアンプのセッティングをきっと極端にやれば出るんだけど、そうすると、それしか使えなくなっちゃうんで。あの音が出るようなレスポールとか335があるといいですね。


収録を終えて

栗田隆志 Gibson Japan

鳥山さんは日本のギター・マエストロの一人であり、アレンジャー、プロデューサーとしても日本のミュージック・シーンの第一人者ですが、自ら音楽を探す熱心な音楽ファンの外に届く情報が少なすぎると感じていました。鳥山サウンドと仕事の流儀を、より多くの皆様にお届けする一助になればと思い、今回THE ART OF STRINGSへの出演を依頼しました。

“そのサウンドを聴いていない日本人はいない”と言っても過言ではないほど多くの作品を世に送り出し、ギターだけでなく自ら作編曲までマルチにこなす活動内容について、インタビュー中につい「贅沢ですね」と本音を言ってしまいました。

考えてみれば、いくら鳥山さんがギタリストの父を持ち、幼少期からジャズと楽器に慣れ親しんだ特殊な家庭環境で育ったとしても、十代でジェフ・ベックに衝撃を受けて、クロスオーバー、フュージョンの洗礼を受けたところまでは多くの同世代のギタリストと同じです。当然、最初からマルチ・タレントだったのではありません。

ファースト・アルバムの仕上がりが「全く思った音にならなかった」という現実により、鳥山さんは、自身が望む音を作るために“全てを自分でやる”と目標を定め、そのためにやるべき事、やらなくてはならないことを決めて実行し、ギタリストから音楽家へと進化を遂げました。

デビュー作(1981)からの鳥山雄司名義のソロ作品、歌い手を続々とヒットチャートに送り込んだ80年代中頃からのプロデュース業、かつての音楽仲間との邂逅により2003年に結成されたPYRAMID。それぞれ全く異なる活動をしているように見えますが、その根底にあるのは「自身が満足できる音楽、作品を作る」に他ならず、「やりたい事」、「なりたいもの」のために必要な知識と技術を、自らの意思と努力で手に入れたのです。

Product 使用ギターの仕様と特徴

1957 LES PAUL GOLDTOP REISSUE PSL MURPHY LAB HEAVY AGING

1957 LES PAUL GOLDTOP REISSUE PSLMURPHY LAB HEAVY AGING

1952年にギブソン初のソリッド・ギターとして発売されたレスポール・モデルは、年を追うごとに様々に進化していった。1957年のモデルでは、50'sレスポールに圧倒的な存在感をもたらしてきたゴールドトップ仕上げ、55年から採用されたチューン "O" マティック・ブリッジのABR-1に加えて、同年半ばからはついに“PAF”の呼び名で知られるハムバッキング・ピックアップが搭載される。更に、1958年半ばにはサンバースト仕上げになるため、ハムバッカーが搭載されたゴールドトップの期間は一年ほどしかなく、レスポール好きなギタリストたちの中でも魅力的な外観とトーン、そして強い存在感を併せ持つギターとして人気が高い。

カスタムショップで製作される1957年レスポールは、シリーズ専用に用意された良質で軽量な50年代と同種のジェニュイン・マホガニーを使用し、ネックも同年代の特徴であるCシェイプ・グリップに仕上げられている。実際の50年代のギターから3Dスキャンして作られた緻密なカーブド加工が施されたボディはメイプル/マホガニーのレイヤード構造。マーフィー・ラボに用意された4段階のエイジド加工の3段め/ヘヴィ・エイジド加工が施されたこのギターでは、マーフィー・ラボ・シリーズ専用ラッカーを用いて再現されたウェザー・チェックと呼ばれるラッカー特有の細かなヒビに加えて、ゴールド塗料に含まれる銅成分が酸化することで、沈んで緑色がかったダークな色合いへと経年変化した様子が再現されている。

今回の収録で使われた個体は、カスタム・オーダー・スペックのアンダー・ワウンド・カスタムバッカー(Eバッカー)が採用されており、アルニコ3・マグネットとアンポッテド・コイルの組み合わせはカスタムバッカー同様の仕様だが、10%ほどターン数が落とされており、豊かな表情と奥行き感が作り出される。また、マーフィー・ラボによるヘヴィ・エイジドでは、黄ばんだチューナー・ツマミ、ピックアップ・カバー、ブリッジ、テイルピース・スタッド等へのエイジド加工が施され、ヴィンテージ・ギターさながらの使い込んだ弾き心地をもたらしてくれる。

PSL:既存製品のカラー、パーツ等を変更して5本以上でオーダーされるカスタム・メイド。日本市場に向けたオーダー、販売店によるオーダーが存在する。

1961 ES-335 REISSUE MURPHY LAB ULTRA LIGHT AGING

1961 ES-335 REISSUEMURPHY LAB ULTRA LIGHT AGING

1958年に登場したES-335を始めとするセミ・アコースティック・モデルは、クリアなジャズ・トーンからラウドなドライヴ・サウンドまでを備えたギターとしてレスポールと並ぶギブソンの主軸モデルである。幅広いレンジとなめらかさ、ソリッド・ギター同等のサステインを備え、プライウッド+センター・ブロックという独自の構造がもたらすコンプレッション感、心地よいカッティング・エッジを備えたギターでもある。また、ES-335はソリッド・ギターとエレクトリック・アーチトップを橋渡しすると同時に、70~80年代の世界的なフュージョン/クロスオーバー・ムーブメントの中で、ソリッド・ギターを凌ぐ主役ギターとなった。

カスタムショップで製作される1961 ES-335は、発売された当初のスペックを受け継ぎながら、生地着色仕上げのチェリー・フィニッシュという60年代スタイルが交差する時期となる。ドット・ポジションマーク仕様のローズウッド・フィンガーボードが使われたネックは1ピースのマホガニー製で、この時期ならではの“フラット・アンド・ワイド”と呼ばれる約43ミリのナット幅、最も薄くスリムなグリップに加工されている。また、エッジ部分には使い込んだ弾き心地を作り出す“ロールオフ”加工が施されている。初期型の特徴となる丸いホーン先端を持つボディは、2枚の1/20インチ厚メイプル板の間に1/10インチ厚のポプラ板を挟んで作られた専用プライウッド。ボディ内の中央にはソリッドのメイプル・ブロックがセットされ、そこにブリッジ、テイルピース・スタッド、ピックアップといった主要パーツが組み込まれている。また、ネック・ジョイント、及びフィンガーボード部の接着に当時と同じハイド・グルー(ニカワ)が使われている。1961年モデルでは、ES-345に使うヴァリトーン・パーツを収納するために、センター・ブロックの一部がカットされていることも特徴となる。

ピックアップはややメロウな初期型ハムバッカーを再現したカスタムバッカー。ABR-1ブリッジ、アルミニウム製テイルピースといった、レスポールとも共通のパーツ類で構成されている。マーフィー・ラボで用意された4段階のエイジド加工の中で、最も浅いウルトラ・ライト・エイジドとなるこのギターは、明るい色合いへと退色が進んだチェリー・カラーが再現され、弾き跡やラボ専用のラッカー塗料を使ったウェザー・チェックと呼ばれる細かな塗装のヒビ等がリアルに再現されている。

文:關野淳
大手楽器店、リペア・ショップを経て、現在は楽器誌、音楽誌で豊富な知見に基づく執筆を行うヴィンテージ・エキスパート&ライター。


プロダクト・テクニシャンによるコメント

福嶋優太 Gibson Japan

ネックの調整
ファクトリーで定められている出荷基準ではネックをわずかにリリーフさせるのですが(やや順ぞり)、収録時は鳥山さんの希望によりストレートのセッティングにしました。ネックの反り具合の確認は弦を正確にチューニングして1フレットと15フレットを抑えた状態で、7フレットの頂点と弦の底面の隙間を確認します。計測方法についてはネック・リリーフ・ゲージを使用しました。

弦高、テイルピースの調整
鳥山さん所有のレスポール・デラックスはテイルピースの位置をかなり高くセットしてあり、これによりブリッジとの高低差が少ないため、収録に使用するギターも近い状態にしています。ゴールドトップはボディの底面から10mm、335は9mmにそれぞれ調整しました。テンションの変化の仕方には個体差がありますので、いずれも製品に適した高さに調整しました。テイルピースの位置を上げてブリッジとの高低差を減らすのは、10-46の弦で滑らかなフィンガリングを得る、そしてサステインを稼ぐのに適した調整方法です。動画では鳥山さんのハイポジションでのダイナミックなチョーキングと、豊かなサステインによる素晴らしいサウンドが確認できると思います。

ピックアップ
本動画シリーズ第一弾の今さん、第二弾の小倉さん同様に、ピックアップの各ポールピースは各弦の音量に合わせて1本ごとにバランスを調整してあります。バッキングの際にはラウンド弦の出力が強く出すぎない様に、またソロのアプローチでは1、2弦の出音が痩せないように(細くならないように)調整しています。各弦の出力は弦のメーカー、素材、ゲージによっても大きく変わるので、インプット・インジケーターのついているレコーディング機器、ミキサー等で弦ごとの出力を確認しながら調整を行っています。

試奏器セットアップデータ

1957 LES PAUL GOLDTOP REISSUE PSL MURPHY LAB HEAVY AGING
ネックリリーフ(ネックの反り具合) 0.0120mm
12フレット上の弦高 6弦 1.5mm
12フレット上の弦高 1弦 1.0mm
テイルピース高(ボディトップ⇔テイルピース下部) 10mm
ピックアップのセッティング リズム トレブル
ピックアップカバー面から弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 3.3mm 6弦 3.3mm
1弦 2.3mm 1弦 2.8mm
各弦ポールピースから弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 2.8mm 6弦 3.3mm
5弦 2.9mm 5弦 3.0mm
4弦 2.1mm 4弦 2.3mm
3弦 3.0mm 3弦 3.3mm
2弦 1.5mm 2弦 1.8mm
1弦 1.3mm 1弦 1.2mm
1961 ES-335 REISSUE MURPHY LAB ULTRA LIGHT AGING
ネックリリーフ(ネックの反り具合) 0.0254mm
12フレット上の弦高 6弦 1.59mm
12フレット上の弦高 1弦 1.2mm
テイルピース高(ボディトップ⇔テイルピース下部) 9mm
ピックアップのセッティング リズム トレブル
ピックアップカバー面から弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 2.5mm 6弦 2.3mm
1弦 2.8mm 1弦 3.0mm
各弦ポールピースから弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 2.3mm 6弦 2.7mm
5弦 2.0mm 5弦 2.0mm
4弦 1.5mm 4弦 1.5mm
3弦 3.0mm 3弦 3.0mm
2弦 2.0mm 2弦 2.0mm
1弦 1.3mm 1弦 1.0mm

The Art of Strings vol. 2

小倉 博和 Hirokazu Ogura

Profile

桑田佳祐、福山雅治、大貫妙子、槇原敬之、Bank Band、kōkuaをはじめ数多くの作品に関わる。2014年ソロアルバム「GOLDEN TIME」、2016年「Summer Guitars」、2019年「Sketch Song」、「Sketch Song2」をリリース。2021年7月、佐橋佳幸とのギターデュオ山弦の17年振りの6thアルバム「TOKYO MUNCH」をリリース。
高いテクニックと幅広い音楽性に裏付けされた、ギタープレイ&作品はジャンルを越えて多くの支持を受けている。FM COCOLOの番組「FRIDAY, Sound of Strings」ではDJを務める。

「Wood & Sound (木と音)」
「Swallow 燕」

Photos 収録の様子

Interview 収録後インタビュー

12/16 2021 at NEIGHBOR
Interviewer: Tak Kurita Gibson Japan
Special Thanks: Jun Sekino

小倉さんといえば、多くのヴィンテージ・ギターを弾かれています。今日はとても珍しいヴィンテージのトリニ・ロペス(1965年製のギブソン・トリニ・ロペス・スタンダード)を持ってきてもらいましたね。
今回(マーフィー・ラボの)トリニ・ロペスを選んだのも、ヴィンテージと比べてどうなんだろう?という興味もあって今日はこうして持ってきてみました。

今日弾いていただいた製品について感じたこと、気付いたことはありましたか?
やっぱりカスタムショップは非常に良くできてるなと。トラスロッドのチューブが無くなったあたりから (2013年、ヴィンテージ同様の仕様へと、トラスロッド自体の直径と設置位置が見直され、それまでトラスロッドを包んでいたビニール・チューブも廃止された)。あと、V.O.S.(ヴィンテージ・ギターを意識したマット気味のフィニッシュで、あわせて艶を落としたハードウェア類を採用)。ちょっとダメージを入れた感じとか。ブリッジの加工なんかも非常にちゃんとできていて。それが音に反映してるような感触を持っています。

ヴィンテージ・ギターと新品のギターの異なる点としては、たいていの場合ヴィンテージには前のオーナーがいますね。
稀にクローゼット・コンディションという全く弾かれていない状態のもあるんですけど、基本的には誰かが使っていたギターですね。

前に使っていた人は「このポジションをよく弾いてたな」とかわかるのですか?
そうですね。フレットの減り具合いとか、バックル跡の位置とか・・・。そういえば 面白い楽器に出会ったことがあるんですけど、バックルの跡が上と下に2つあって。ストラップを短めにギターを上の方に構えるカントリーかJAZZスタイルの人と、ストラップ長めのロックな人、スタイルの違う2人が所有していたんだろうなって。そんな想像も楽しいですね。

前のオーナーに思いを馳せるというか、ギターがどのように使われてきたのかにロマンがあると。
ありますねー。あと面白いんですけど、そういう使われ方をしてきた楽器っていうのは、そういうジャンルに適する音がしますね。弦高調整の仕方であったり、前のオーナーの好みみたいなものが、フレットの幅とか材質とかにも見てとれる。もちろん楽器屋さんに入ってから、(店舗の)ギター・テックの方が直したりはしているんですけど、やっぱり香る音があります。

じゃあ逆を言えば、新品のギターでは自分が初のオーナーになるわけで、自分の色に変わってゆくギターという考え方もできますね。
それはもう新品を持つ楽しみってのは、そういうところにあると思います。何年間か触りながらそのギターが変化していくのを楽しめる。ツアーに出たりして、初日が終わって次の日にネックの感じが少し変わっていたり。「ああ、(ネックが)そっちに動くんだぁ・・」みたいなことも、ひとつの楽しみではあります。

小倉さんが最初に買われたギブソンのエレキ・ギターは ES-335 でしたね?
ES-335 ですね。70年頃の3ピース・マホネックものだったんですけど。大学1年の夏休みに田舎に帰った時に楽器屋でギターを試奏してたら、いきなり髪の長い水商売風の方に声をかけられて、「君ギターうまいね、ちょっと今日から僕のやってる店でギター 弾いてくれない?」って誘われて・・・。大丈夫かなって思ったけど(笑)興味があったので行ってみたんですよ。 そしたらギターじゃなくって、ベースを弾かされたんです。ディスコ・バンドのベーシストの方が逃げた(笑)みたいで、その日からベーシストがいないっていうんで。僕を誘った方はそのバンドのバンマスだったんですけど、焦っていろんな楽器屋に足を運んで、出来そうな人を探していたらしくて。そこで僕がひっかかってしまい(笑)、夏休みの間、 1ヶ月ディスコ・バンドのバイトをやったんです。その時に頂いたお金で、別のお店でギターを弾いてた方が持っていた 335を。彼はもう足を洗って(笑)別の仕事をしたいっていう話があって。「じゃあ、僕にこの 335譲ってくれない?」って、そのバイト代全部を彼に渡して335を手にして東京に帰ったっていう・・・そういう出会いでしたね。

その出会いがレスポールや SG であった可能性もありましたが、335 との出会いに意味があったかもしれませんね。
当時はクロスオーバー・ブームで、ラリー・カールトンだったり、リー・リトナーだったりセミアコが すごくブームになっていた頃で。ちょうどその時期だったので、非常に嬉しかったですね。 でもほんと偶然です。彼がSGを持ってたらSGだっただろうし、レスポールだったらレスポールだろうし、 ストラトだったらストラトだった。私もエレクトリックギターのちゃんとしたものが欲しかった訳なので。でも渡りに船じゃないけど、ラッキーなことに335を手にする事が出来ました。

小倉さんのファースト・ギブソンの70s ES-335の印象は?
そのギターがとにかくプレイヤビリティが良くって、特に自分には70年の335は非常に弾きやすくて、手に馴染んだっていうか。あの頃のって(ナット幅が) 40ミリのスリム・ネックで、それからテンション感もちょっと弱いんですよね。そこに .010 のゲージを張って弾いてたんですけど、それまで弾いてきたエレクトリックギターの中でいちばん弾きやすかった。自分の思う通りにチョーキングもできて、やっぱりギブソン凄いなって思いました。

The Art of Strings vol. 2 Hirokazu Ogura Interview

12/16 2021 at NEIGHBOR
Interviewer: Tak Kurita Gibson Japan
Special Thanks: Jun Sekino

小倉さんといえば、多くのヴィンテージ・ギターを弾かれています。今日はとても珍しいヴィンテージのトリニ・ロペス(1965年製のギブソン・トリニ・ロペス・スタンダード)を持ってきてもらいましたね。
今回(マーフィー・ラボの)トリニ・ロペスを選んだのも、ヴィンテージと比べてどうなんだろう?という興味もあって今日はこうして持ってきてみました。

今日弾いていただいた製品について感じたこと、気付いたことはありましたか?
やっぱりカスタムショップは非常に良くできてるなと。トラスロッドのチューブが無くなったあたりから (2013年、ヴィンテージ同様の仕様へと、トラスロッド自体の直径と設置位置が見直され、それまでトラスロッドを包んでいたビニール・チューブも廃止された)。あと、V.O.S.(ヴィンテージ・ギターを意識したマット気味のフィニッシュで、あわせて艶を落としたハードウェア類を採用)。ちょっとダメージを入れた感じとか。ブリッジの加工なんかも非常にちゃんとできていて。それが音に反映してるような感触を持っています。

ヴィンテージ・ギターと新品のギターの異なる点としては、たいていの場合ヴィンテージには前のオーナーがいますね。
稀にクローゼット・コンディションという全く弾かれていない状態のもあるんですけど、基本的には誰かが使っていたギターですね。

前に使っていた人は「このポジションをよく弾いてたな」とかわかるのですか?
そうですね。フレットの減り具合いとか、バックル跡の位置とか・・・。そういえば 面白い楽器に出会ったことがあるんですけど、バックルの跡が上と下に2つあって。ストラップを短めにギターを上の方に構えるカントリーかJAZZスタイルの人と、ストラップ長めのロックな人、スタイルの違う2人が所有していたんだろうなって。そんな想像も楽しいですね。

前のオーナーに思いを馳せるというか、ギターがどのように使われてきたのかにロマンがあると。
ありますねー。あと面白いんですけど、そういう使われ方をしてきた楽器っていうのは、そういうジャンルに適する音がしますね。弦高調整の仕方であったり、前のオーナーの好みみたいなものが、フレットの幅とか材質とかにも見てとれる。もちろん楽器屋さんに入ってから、(店舗の)ギター・テックの方が直したりはしているんですけど、やっぱり香る音があります。

じゃあ逆を言えば、新品のギターでは自分が初のオーナーになるわけで、自分の色に変わってゆくギターという考え方もできますね。
それはもう新品を持つ楽しみってのは、そういうところにあると思います。何年間か触りながらそのギターが変化していくのを楽しめる。ツアーに出たりして、初日が終わって次の日にネックの感じが少し変わっていたり。「ああ、(ネックが)そっちに動くんだぁ・・」みたいなことも、ひとつの楽しみではあります。

小倉さんが最初に買われたギブソンのエレキ・ギターは ES-335 でしたね?
ES-335 ですね。70年頃の3ピース・マホネックものだったんですけど。大学1年の夏休みに田舎に帰った時に楽器屋でギターを試奏してたら、いきなり髪の長い水商売風の方に声をかけられて、「君ギターうまいね、ちょっと今日から僕のやってる店でギター 弾いてくれない?」って誘われて・・・。大丈夫かなって思ったけど(笑)興味があったので行ってみたんですよ。 そしたらギターじゃなくって、ベースを弾かされたんです。ディスコ・バンドのベーシストの方が逃げた(笑)みたいで、その日からベーシストがいないっていうんで。僕を誘った方はそのバンドのバンマスだったんですけど、焦っていろんな楽器屋に足を運んで、出来そうな人を探していたらしくて。そこで僕がひっかかってしまい(笑)、夏休みの間、 1ヶ月ディスコ・バンドのバイトをやったんです。その時に頂いたお金で、別のお店でギターを弾いてた方が持っていた 335を。彼はもう足を洗って(笑)別の仕事をしたいっていう話があって。「じゃあ、僕にこの 335譲ってくれない?」って、そのバイト代全部を彼に渡して335を手にして東京に帰ったっていう・・・そういう出会いでしたね。

その出会いがレスポールや SG であった可能性もありましたが、335 との出会いに意味があったかもしれませんね。
当時はクロスオーバー・ブームで、ラリー・カールトンだったり、リー・リトナーだったりセミアコが すごくブームになっていた頃で。ちょうどその時期だったので、非常に嬉しかったですね。 でもほんと偶然です。彼がSGを持ってたらSGだっただろうし、レスポールだったらレスポールだろうし、 ストラトだったらストラトだった。私もエレクトリックギターのちゃんとしたものが欲しかった訳なので。でも渡りに船じゃないけど、ラッキーなことに335を手にする事が出来ました。

小倉さんのファースト・ギブソンの70s ES-335の印象は?
そのギターがとにかくプレイヤビリティが良くって、特に自分には70年の335は非常に弾きやすくて、手に馴染んだっていうか。あの頃のって(ナット幅が) 40ミリのスリム・ネックで、それからテンション感もちょっと弱いんですよね。そこに .010 のゲージを張って弾いてたんですけど、それまで弾いてきたエレクトリックギターの中でいちばん弾きやすかった。自分の思う通りにチョーキングもできて、やっぱりギブソン凄いなって思いました。

インタビューで言われていますが、「迷ったら 335 を持ってく」ということが当時の現場ではあったのですか?
今みたいにスタジオに行く前にデモテープがあるという時代ではないので、どんな曲が出てくるかわからない時代だったんです。行ったら譜面があって、「せーので録音を始めて。そこから音色をちょっと整えるって時に、335って、ほんとに便利で。セミ・アコースティック・ギターって、ギブソンの歴史の中で“最後に出てきた楽器”だと思うんですよ。その前にレスポール(ソリッド・ギター)があって、その前にフル・アコースティック・ギターがある。フル・アコースティック・ギターからソリッド・ギターにいって、最後1958 年に作られたものが、ボディのセンターにウッド・ブロックが通ったソリッドなんだけど、周りがホロウ・ボディっていう。335のソリッド・ボディを ホロウ・ボディで挟むっていうのがギブソンとしては最後のオリジナル構造であり発明だと思うんです。

僕が感じるに、セミアコっていうのは、“こういう風に”とイメージして作った以上の威力を持ってるっていうか、アタックがソリッド・ギターに比べるとエアー感があって太いんです。でもリリースは(ボディの中に)センター・ブロックが通っているので、ちゃんと延びてくれる。なのでカッティングでバッキングする時は、ローを絞ってあげてミッド・ハイ(中高域)を立ててあげたら、アタックも出つつパーカッシヴな部分もソリッドな部分も録れる。ナチュラルな音でも歪ませてでもこの構造の特徴としてサウンドメイクがすごく楽で、強く歪んだ音も潰れずにバランスよく録れる。当時はカッティングからソロまでクランチ・サウンドも含めて、“迷ったら 335で奏でておけば、どんなアレンジでも正解の音に持っていける”っていう。あとはエフェクターとかプリアンプで調節してやると、「もう一回録り直そうか」っていう話にはならなかったんですね。これが他のギターだと、「ああこれ、やっぱこの曲には向いてないね」ってこともありました。

最近は SG の使用頻度も高いようですね。
もう“マイ・ブーム”なんですよ(笑)今回もう一本のギターに選んだのも、だからなんです。今ちょうど(福山雅治氏の)ツアーに参加しているところなんですが、エレキはSG をメインで使ってます。61 年のものと、62 年のものと、それから 2013 年にできたホワイトなんですけど。とにかくSGって本当に深いっていうか、触ってみてわかることがいっぱいありましたね。

SG を使う人って、まあ例えばアンガス・ヤングとか、デレク・トラックスとか、SG がメイン・アイコンとなっていて、他のギターのイメージは全く無いよっていうプレイヤーが多々いますね。
SG好きは多いですよね。

特別な何かがあるのですか? SG 弾いたらもう他のに行けなくなっちゃうという。
そうですね、他へ行けなくなっちゃう人は多いでしょう。思うに SG は、ギブソンがフェンダーのストラト キャスターに対抗して送り出したモデルなので、まずは弾きやすさを重視したと思うんですよ。 レスポールはシングル・カッタウェイで、ストラトのあのカッタウェイの深さに負けないようにハイ・フレットまで指が簡単に届くようにしないといけないっていう意識で1958年に335 が生まれたと思うんです。あとレスポール・スペシャルも59年にダブル・カッタウェイになる。最後に出たのが SG。SG はもうほんとに最後 のフレットまでボディの外に出ていて、しかも右手の腕の当たるところにコンターがついているっていう 。 それから軽いですよね。61 年からラインナップに加わるんですけど、ネックもワイド・ネックながら薄くて弾きやすい。とにかく弾きやすいってのが先ずひとつあると思いますね。

それからサウンドも面白い。SGは楽器によってまるで違うサウンドがする。出会いみたいなもので、ぴったりはまっちゃうと、”このギターが無いともう弾けない”ってとこに行きやすいんじゃないですかね。僕が持ってる SG の中でも、セミアコ寄りのちょっと膨らんでくれるのもあれば、レスポール寄りの、レスポールにも色々ありますけど、タイトなレスポールのようなサステインを持った楽器(SG)もあります。オール・マホガニーのシンプルな構造ですから木の個体差がハッキリと出るんでしょうね。

振り幅があるのですね。
そうですね。いろんな楽器があります。SG は登場してから1回もラインナップが途切れたことがない楽器だし、作られた数も多い。振り幅がそれだけあって、いろいろと弾いてみると、どれも全く違う。また改造されたものも沢山ある。SGはストラトキャスターに対抗して作ったものだから、当初は基本アームが付いてるんですけど、61年にはプル・サイドウェイでしたっけ?、62 年にはエボニー・ブロックだったり(エボニー・ブロックのついた初期型マエストロ・ヴァイブローラ)、そのアーム自体が特徴のひとつになるんですけど。

SG のイメージって、みんなストップ・テイルピースだったりしません? 改造も楽なんでストップに変更されている物も多いんですね。知らないうちは僕もオリジナル・ストップ・テイルを探してたんですが(笑)、よくよく SG のことを知っていくうちに (60 年代の) ヴィンテージにはストップ・テイルの SGって本当に少ない。いちばん近いのでビグスビー。これもとても少ないです。プル・サイドウェイだったり、板バネの使いづらさってあるんじゃないかって最初は思ってました。まあ確かにそうなんですが(笑)、逆に慣れてくると、その響き、ゆらぎが面白かったりするんですが・・・。 今はストップ・テイルとアームが付いているものと両方使っています。 曲によって持ち替えたり。アームが付いてるっていうのも大きな特徴で、僕にとって最初はマイナス・イメージだったんですけど、今となってはそれがサウンド的にも非常に面白い。仕様も様々ですしブリッジの形状もいくつもある。そういうことも含めて、SG にハマるとけっこう深い沼ですね(笑)。

小倉さんといえば、50 年代のゴールデン・エラと呼ばれる時代のギブソンを幾つか所有されています。 そこに搭載されているのがハムバッカーの元祖である PAF と呼ばれるピックアップですが、ギターによっても違うから一概には比べられないとは思うのですが、PAF には個体差がかなりあるって言われてますけど・・・。
ありますねー(笑)。でも僕のPAFの印象って、それぞれ特徴はあるけど、やはりどれもレンジが広い。ソリッド・ギターの ピックアップっていうと、やっぱりテレキャスターの初期のものとかすごく良い音がするんですけど、ノイズの問題が・・・。PAF はハムをしっかりとキャンセルしてくれるのがとてもありがたかったと思うんです。シングルコイルの良さをちゃんと残したサウンドがしてくれる唯一の一番扱いやすいピックアップだったんだと思います。

ギブソンが、「これからタイプ別で新たな PAF の復刻モデルを作りますと言うとしたら、何バージョン、何パターンくらいあればよいのですか?
マグネットのバリエーションが 2、3、4、5 とあるじゃないですか。(57-63 年に作られた PAF ハムバッカーは個体差が大きく、マグネットもアルニコ 2、3、4、5 の各種類が確認されている) 57 年のアルニコ 3のものはちょっと出力が弱いんだけど、僕のゴールド・トップはそうですけど、思いっきりいった時に パーンと出てくるんです。一番シングル(P-90)のイメージが残っていると思う。それがひとつ。 それからその後に58年からアルニコ4ってのに替わって、ここからPAF が搭載された楽器が増えていくんですが、ES-345 の場合はバリトーン・スイッチが付いてたりして、普通のピックアップの出力だと、あれ (バリトーン・サーキット)を通すと(音が)細くなってしまうので、ターン数の多いピックアップが作られて。 楽器がバラエティになるのに伴って、PAF の個体差が出てくるんです。ターン数が多いアルニコ 4を使ったものはすごく良くて。僕の 345 の場合はバリトーン・スイッチを外して使っているのですが、 そうすると本当にどんなオケの中でも存在感がある。逆にちょっとあり過ぎるんで使えない曲もあるっていうくらい(笑)。例えば3ピース(バンド)とかでギターで埋めてゆくっていう時なんかには、必ずそのギターを使います。だからアルニコ4のピックアップ。

それから最後に60 年以降のアルニコ5。アルニコ5のピックアップになってからは、出力がちょっと変わってきます。アルニコ3は一番アコースティックな感じで、アルニコ4になるとちょっとミッド寄りになって、ハムバッキング的な味わいが出てくる。 60年になるとアルニコ5になって、その色合いがより強くなるんですけど、その3パターン。それから 61 年 からのショート・マグネット。これもなかなか面白くって。今持っている楽器の中で僕が PAF に感じる違いっていうのはその3つ。どれを使うかは、その時に合ったものを使うっていうことになるのかな。セッションの時に自然に、「あれ、やっぱこのギター使ってるんだ」みたいな(笑)。

今日弾いていただいたのはどちらもアルニコ3です。じゃあこれから全パターン作るように言っておきます(笑) 。
いやいやいや(笑)。でも本当にアルニコ4のターン数が多いものっていうのはなかなか使い勝手が良いと思います。

少なくともそれはやりましょう! もう少しヴィンテージ・ギターの話に入っていきますけど、ツアーでも使われてるじゃないですか?
普通に使っています。

ヴィンテージ・ギターをツアー、特に野外で使うのって注意しなくちゃいけないと思います。コンディション管理とか、運搬とか・・・。
ツアーに持って行くのなら“プレイヤーズ・コンディション”のものがよいと思います。弾き込まれたヴィンテージは良い音で鳴ってくれるし弾きやすい。程度の良い(あまり弾かれていない)クローゼット・コンディションの物ではなくても、例えばピックアップが替えられていても、ちゃんと鳴ってくれる楽器はあるので。あと野外で使うのは本当に気をつけたほうがいいと思います。特にナチュラル系のトップを持っている楽器なんかは、汗一発で塗装が溶けて見た目が大変なことになったこともあります。良い音がするのでどこででも使いたくなりますが、夏フェスにヴィンテージは、注意が必要かと(笑)。後は、旅に一緒に持っていく時、ケースに入れる際は必ず弦を緩める。弦を張ったままで輸送中に衝撃を受けると、ギブソンはハードケースに入っていてもネックが逝っちゃうことがあります。

小倉さんのギターに対する接し方は、偏愛と言うか、愛でると言うか、我が子を慈しむようですが、その源泉はどこから?
基本的にギタリストはプレイヤーとギターとでひとつだっていう風に思ってます。またどう考えてもギターの方が次の時代まで長生きするので、だからっていうわけではないんですけど、楽器に対してのリスペクトはありますね。楽器との出会いで音楽をやらせてもらったっていう思いもあるので。できるだけ良いコンディションで使い続けて、次の持ち主、次のプレイヤーに渡ってくれたらいいなと思っています。

そうは言っても、レコーディングでもライブでもガンガン使っていますし、やっぱりメンテナンスや調整が必要だと思います。“ここまではあり、だけどこれ以上はだめ”っていう線はあるのですか? 例えば、ナット、フレットとか消耗品は変えてもいいけど、ロックピンはだめとか。
ロックピンは付けたことはないですけど、必要ならばやればいいと思うんですよ。でも僕の場合は変えるというより、60年の楽器だったら出来るだけ60年当時の部品に戻すようにしています。消耗品は替えられているものが多いので、オリジナルに戻していくことの方が、その時代の良さが出てくるんじゃないかなって。実際ペグを替えるだけでも音が変わりますから。当時の製作者の意図や全体のバランスもあるので、チューニングがやりにくいとかあるかもしれないですけど、それよりも“サウンドが ハマったな!”っていう、ぴったりいったっていうか、そういう時に“こういう音がするんだ、この楽器”っていう喜びのほうが大きいので、ちょっとチューニグしづらくてもそっちを選んじゃうっていうか・・・

機能性よりもサウンド優先なのですね。
そうですね。機能面は慣れることが出来るんですけど、サウンドはやっぱり良いものを聴いちゃうとそっちに体が馴染んじゃう。それにギターを取り巻く環境も変わって機材もいろんなものが出てきて。アンプの代わりになるようなものとかも。デジタルがおこした変化は大きくて、その中でヴィンテージ・ギターの本質がよりはっきり感じられることもあります。

先ほども(リハ中)話題になりましたが、これだけアンプもエフェクターもデジタルによる進化がありますが、ギターは未だに 50年代 、60年代のものが基本になっているようですが。
面白いんですけど、デジタル・システムの分解度が上がると、よりヴィンテージの楽器の良さがどんどん出てくる。もともとはアンプとギターでひとつの楽器だった訳で、アコースティック・ギターのボディの部分がアンプのエンクロージャー、アンプが変わるとまったく音が変わる。でもデジタルは音が入ってから出るまで、どんどんエフェクターで変えていっても芯が変わらない。この感じはデジタルのアンプ・ シミュレーターが出てきた後に開いたドアだと思うんです。もちろんアナログ・アンプってほんとに素晴らしいものなんだけど、それとまったく別のものとして考えて、ヴィンテージ楽器も、デジタル時代になって「ひとつ新しい世界が開けちゃったな」みたいなことを感じたことはあります。

例えば桑田佳祐さんの「真夜中のダンディー」、JUJU さんの「やさしさで溢れるように」、スガシカオさんがボーカルのバンド kokua の「Progress」など、小倉さん録音の名曲を改めて聴いてみますと、ギターに対する愛情と音へのこだわりを感じます。曲の中でのギターの存在感がものすごいんです。イントロが始まると、“それで世界が開ける”というか、“もっていかれる”って感じです。小倉さんのこだわりがリスナーに知覚できるというか。現代の楽曲にヴィンテージ・ギターのサウンドが融合することで、小倉さんが参加した作品にはケミストリーが起きているように感じます。
それはうれしいですね。桑田さんの「真夜中のダンディー」(1994 年)は、アナログ・テープで録音されています。アンプはプリンストン・リヴァーブかな?、そこに直でぶっこんでマイクを立てて。 kokua の「Progress」(w/スガシカオ、2006 年)は、デジタル・アンプで作った音をバグ・エンド(スピーカー・キャビネット)で鳴らしたのとライン録音したものをミックスした音です。どちらもヴィンテージの楽器で、「真夜中のダンディー」は、70 年の 335 。「Progress」は 55 年のホワイト・ファルコン。あとJUJU さんの「やさしさで溢れるように」は59年の355ですね。出口はどうであれ、ヴィンテージ楽器のサウンドには密度があるって思います。普通に新しい楽器もずいぶん使うんですけど、そういう“顔が見えるようなサウンド”っていうか、ギター1本で何か表現しなきゃいけない、特に裸でギター1本っていう時は、自然とヴィンテージを使っていますね。今回のマーフィー・ラボのエイジドされたものは最初からそれに近い感覚がありますね。でも、これから 10 年、20 年で変わっていくと思うし、そういう楽しみがありますし、面白いですよね。

自らのギター愛にとどまらず、ヴィンテージ・ギターの存在や音を皆にも知ってもらいたいといった意図も感じます。小倉さんのアルバムにはギター・クレジットが付いていますね。ソロアルバム「SOUND OF STRINGS SKETCH SONG 2」収録の「Winter Wonderland」などは特に、「1959年製のレスポールは、こんな凄い音が出るんだよ」ということを世に伝えるための演奏なのではないかと考えてしまいます。
うれしいですね。伝わればよいですねー。ギターの音の気持ち良さと弾き心地に自然とインスパイアされるっていうか、その気持ちのよさが伝わるように。テクニックみたいなものも、その中にある。ギターの機能の中で作曲するので、ギターとの出会いによって新しい曲が浮かんできたりもしますし。まさにギター有りきですね(笑)。

自身のルーツをお伺いします。どういう音楽を聞いて、こういうスタイルになったとか、物心ついた時に、こういう音楽にはまっちゃったとか。
小学生の頃よく聴いたのは映画音楽などのインストミュージック、メロディやハーモニーが好きで詩のないものをよく聴いてました。ギターと出会ったのは中1の時。私の実家は家具屋をやっていて、木の匂いがいつも家の中に香っていて、あと職人さんがカンナを使ったりとか釘を打ったりっていう技を見て、そういうのに憧れていました。職人さんたちが作業をしているのを見ていると自然で美しいんですよね。家具を作っている職人さんと、ギターを弾く友人がちょっとかぶったりしたんですね。木と技?(笑)。

それで、中学1年からギターにのめり込んだっていう。その頃は、フォーク・ブームだったかな、あとロック・・・。僕らの 頃はクリームだったり、レッド・ツェッペリンだったり、CSNY だったり、ジェームス・テイラーだったり、日本で言えば拓郎さん(吉田拓郎)だったり、はっぴいえんど、ティン・パン・アレイだったり、その後、クロスオーバーが出てきてラリー・カールトンだったり、ケニーバレル・・・。どれが一番だということもなく聴いてきたと思います。なので弾きたいフレーズやコードもいろいろとジャンル問わずいっぱいあるわけで、そういうのが混ざって今の自分のスタイルが出来ているのかな。

そうやって60年代以降のロック、ポップ、フォーク、ジャズを主に聴いてギターを学んでいく訳ですが、そこで使われていた楽器はやはり50年〜60年代の今で言うところのヴィンテージ・ギター。当時はニューモデルだった訳ですが(笑)、今に続くロックミュージックのギター・スタイルが生まれたのも、当時最先端だったエレキギターとアンプの組み合わせからです。自分がヴィンテージ・ギターのサウンドに惹かれるのも、単純に言えば当時好きで聴いていたレコードに入っていたサウンドがするからです(笑)。クランチやディストーション・サウンドが生まれて、そのサウンドが世界に広がってギターを使った新しい音楽が次々と生み出され、今につながっている訳で。今、普通に暮らしていてエレキギターのサウンドを耳にしない日は無いと思う。テレビやラジオ、YouTubeやいろんなお店で流れているBGMの中にも必ずギターが入っている訳で。

少し話はそれますが、エレクトリックギターに繋がる座史は1833年にさかのぼります。ドイツからアメリカに渡ったマーティン1世がニューヨークでギターショップを始めた年、マーティンのロゴにはEST1833と記されています。当時ギターは女子がたしなむもので音楽のメインストリームはクラシック・ミュージック、その中心はバイオリン。ヨーロッパのギター製作者は夢をもってアメリカに渡ったんだと思います。それから1世紀、アメリカでギターは進化します。1930年代にはギブソンがES-150エレクトリックギターをリリース。1950年以降、続々といろんなメーカーの量産が始まり、エレキギターのクランチ・サウンドはチャック・ベリーによってロックンロールと言う革命的なスタイルを生み出すことになります。移民としてアメリカに渡ったギター製作者達の夢が、長い年月を経てアメリカの文化としてのロックンロールを生み、逆に海を越えヨーロッパに響いたそのサウンドは、ビートルズやローリングストーンズ、エリック・クラプトン等を育て、それまでの音楽を取り入れた結果、クラシックをしのぐ大衆の音楽になっていく。その誕生のエネルギーが今の音楽にも脈々と流れていると思うんですよね。エレキギターをアンプに繋いでガーンと(笑)。その大音量にクランチ・サウンドの倍音感、そこにエレキベースとドラムセットが加われば3人でオーケストラにも負けないサウンドが鳴る。それはすごい事だったんじゃないかなぁ。音楽教育を受けてない人でも、音楽のメインストリームにアクセスできるツールを手に入れた訳ですから。その喜びはとんでもなかったんじゃないかと(笑)。その喜びの延長線上に、現在のロックやポップミュージックもあるのだと思います。ギターはこれからもしばらく大衆のメイン楽器であり続けるんじゃないかな。

最後の質問は小倉さんが、“こんなギブソンのギターがあったらいいのに、即買いなのに”っていうものは?
そうですねー。ちょっと個人的な話をさせてもらうと、僕は身長170㎝位なんですが、やっぱりギブソンってアメリカ生まれなんで身長180㎝ぐらいの人が楽に弾くように出来ていると思うんですよねー。だから17/18でレスポールを作ってほしいな(笑)。木材は作って貰う人と選んで・・・。そうしたら新しい世界がそこに開けるんじゃないかと思います。もう夢の話ですけど、そういうレスポールやSGがあったら即買いですね(笑)


収録を終えて

栗田隆志 Gibson Japan

ギターを愛でるように弾き、我が子を慈しむように扱う小倉さんのギターの接し方と考察は、一般的なギタリストの域を超えていました。今回のインタビューは、“小倉さんのギター偏愛の源泉とは”というテーマがありましたが、冒頭から途切れることなく続くギター談義が楽しくて、時間を忘れて聞き入ってしまいました。取材を終えてから考えたことですが、それは“渇望では?”と思いました。本人が口にはしなかった、「プロとして弾きたいギターを弾く」という目標を実現するまでの間、けっして短くはなかったはずの苦労を重ねた時代に抱き続けた、今でも頭の中で鳴っているという、「あの音を出したい」という飢えのようなものです。その強さ故に、数々の素晴らしい楽器との出会いと、それらを弾けることに今はただ感謝し、その想いを音として人に伝えたいのではないかと。

インタビューで取り上げた音源ですが、ソロ作品「SOUND OF STRINGS SKETCH SONG1&2」は、シンプルながら味わいあるアレンジと演奏で、どなたでも楽しめる内容になっていますが、さらにヴィンテージ・マーチンや、ギブソンの名器の音を知る、サウンドファイルとしての聴き方もできます。また、スガシカオさんがボーカルを務め、日本を代表するプロデューサーとミュージシャンによるオールスター・バンド”kokua”のアルバムは、人気TV番組の「プロフェッショナルとは?」というクロージング部分で毎回オンエアされるタイトル曲 「Progress」をはじめ、バンド・アレンジの高密度なギター・サウンドに包まれることができます。

  • SOUND OF STRINGS SKETCH SONG 1

    SOUND OF STRINGS SKETCH SONG 1

    使用されたギブソン・ヴィンテージ・ギター

    • 2. "Cavatania" - ES-345 (1959)
    • 7. "Unchained Melody" - Les Paul (1959)
  • SOUND OF STRINGS SKETCH SONG 2

    SOUND OF STRINGS SKETCH SONG 2

    使用されたギブソン・ヴィンテージ・ギター

    • 2. "The Christmas Song" - Les Paul (1959)
    • 7. "Winter Wonderland" - Les Paul (1959)
  • KOKUA "PROGRESS"

    Kokua - Progress

    使用されたギブソン・ヴィンテージ・ギター

    ES-345 (1959) / Les Paul (1957) / Les Paul (1959) / SG Ebony block (1962) / Les Paul SPECIAL TV Yellow (1959)

Product 使用ギターの仕様と特徴

1964 SG Standard With Maestro Vibrola Pelham Blue Ultra Light Aged

1964 SG StandardWith Maestro Vibrola Pelham Blue Ultra Light Aged

SG スタンダードは、50年代のレスポールがモデル・チェンジする形で1961年初頭に登場した。当初はレスポールのモデル名が使われていたが、本人との契約が終了したことを受けて、63年中頃からSG(ソリッド・ギター)スタンダードとなった。15/16インチ厚(約34ミリ)の薄いボディは1ピースのジェヌイン・マホガニー製で、最終22フレットまでがボディから突き出た深く鋭いカッタウェイ、外周全体に施された大胆なベベル加工(面取り)を備えたエクストリーム・シェイプが大きな特徴となる。レスポールを引き継いだエレクトロニクスが組み込まれているものの、個性的なボディ構造によって滑らかさとアコースティックさを兼ね備えた独自のトーンを備えている。SGは60年代のギブソン・ソリッド・ギターの中で最も成功したモデルであると同時に、現在でも主要モデルのひとつとして生産が続けられている。

64年のSG スタンダードを再現したこのモデルは、発売当初のごく薄いグリップから、再びミディアム・サイズのラウンド・グリップへと戻ってきた時期に相当し、マーフィー・ラボならではの手作業でエッジを丸めるエキストラ・ロールド・バインディング加工によって、使い込まれたギターさながらの滑らかな弾き心地が生み出される。ファイアーバードに合わせて63年に登場したマエストロ・ロング・ヴァイブローラは、ギブソンで最も多用されたヴィブラートであり、その動作はナロウでクラシック・スタイルながらも抜群の安定感を備えている。ピックアップは、ヴィンテージ・トーンを再現するためにアルニコ3・マグネットを使い、あえて2つのボビンのターン数を僅かにずらし、ノン・ポッティングで仕上げたカスタムバッカーである。

淡いブルー・メタリック・フィニッシュは、60年代にカスタム・カラーとして用意されていたペルハム・ブルー。マーフィー・ラボのウルトラ・ライト・エイジド加工によって、表面にはウェザー・チェックと呼ばれる塗装の微細なヒビが施されている。

1964 Trini Lopez Standard Ebony Ultra Light Aged

1964 Trini Lopez StandardEbony Ultra Light Aged

テキサス生まれのトリニ・ロペス(1937-2020)は、彼のルーツであるメキシコ系のギタリスト/シンガー/俳優として60年代を中心に活躍した。1964-71年に発売されたシグネチャー・モデルにはセミ・アコースティックのスタンダードに加えて、フル・アコースティック・タイプのデラックスも少量生産された。トリニ・ロペス・スタンダードは、当時まだ20代だったロペスがギブソンで人気の高いES-335を元にして、ファイアーバード・スタイルのヘッドストック、スプリット・ダイヤモンド・インレイ、そしてバウンド加工されたひし形サウンドホールという仕様を加えて、その名を冠したモデル。

発売年である1964年トリニ・ロペス・スタンダードのリイシューとなるこのギターは、象徴的なヘッドストックからサウンドホール、そしてモデル名が刻まれたテイルピースまでが当時そのままの姿で再現されてている。ベースとなっているのは左右のボディ・ホーンがややスリムになった64年型のカスタムショップ製 ES-335。オリジナル同様に縦向きにシリアル・ナンバーが打刻された6個のチューナーが並ぶファイアーバード・タイプのヘッドストック、60年代のギターからスキャニングされたやや肉厚のあるミディアム・C グリップ。専用のスプリット・ダイヤモンド・インレイが施されたネックはローズウッド/マホガニー製で、ボディ深くまでネック・エンドが差し込まれたロング・テノン・ジョイントがハイド・グルー(ニカワ)を使って行われている。ボディは、厚みの異なるメイプルとポプラを組み合わせた約5ミリ厚の専用プライウッド材をアーチ状へとホット・プレス加工したもので、内部センター位置にはソリッドのメイプル・ブロックがセットされている。カスタムショップ専用となるカスタムバッカー・ピックアップは、アンバランス・コイル、アルニコ3・マグネットを組み合わせたヴィンテージ・スタイル。当時カスタム・カラーとして用意されていたエボニー・フィニッシュにはマーフィー・ラボ専用に配合されたラッカーが塗布され、年月を重ねることで生まれる細かなヒビまでもが再現されている。

テキサス出身のトリニダード・ロペスは、メキシコ系のギタリスト/シンガーで、60年代を中心に幾つものヒット曲を生み出した。モデル発売時期は1964-71年と長くはなかったが、ジョニー・スミス、バードランド、バーニー・ケッセルといった他のミュージシャン・モデルよりも人気があった。ヴィンテージ市場では長年マニア好みのモデルとして知られてきたが、90年代からデイヴ・グローブが愛用し、彼のモデルとして再び発売されたことで大きく注目された。2020年にトリニが亡くなった時、デイヴは追悼の言葉とともに、1967年製のトリニ・ロペス・モデルをフー・ファイターズの全アルバムで使用し、それがバンドのサウンドになっていると語った。

文:關野淳
大手楽器店、リペア・ショップを経て、現在は楽器誌、音楽誌で豊富な知見に基づく執筆を行うヴィンテージ・エキスパート&ライター。


プロダクト・テクニシャンによるコメント

福嶋優太 Gibson Japan

ネックの調整
小倉さんのリクエストにより、弦は0.009-0.042を使用、弦高も低い方が好みとの事でしたので、音が細くならないように意識してセッティングを行いました。普段はヴィンテージ・ギターを弾かれているとの事ですので、ヴィンテージと持ち替えた際に違和感が出ないように、長く使い込まれたギターのフィーリングが得られるように工夫しています。SGやES系のギターで0.009-0.042弦を使用したセッティングは少々不安でしたが、収録された小倉さんの演奏を聴くとタッチやニュアンスが非常によく出ておりサステインもある事に驚きました。

ピックアップ
意識したのはヴィンテージ・ギターのように、まとまりのある出音にセッティングする事です。0.009-0.042の弦のゲージも考慮し、ピックアップよりの音になりすぎないようにセッティングしました。SGを弾く際には、タッピングなども多用するとの事でしたので、ブリッジ側のピックアップがピックアップ・リング上面と面一(段差がない状態)になるように、ご自身でセッティングされていました。

試奏器セットアップデータ

1964 SG STANDARD WITH MAESTRO VIBROLA MURPHY LAB ULTRA LIGHT AGED
ネックリリーフ(ネックの反り具合) 0.0120mm
12フレット上の弦高 6弦 1.5mm
12フレット上の弦高 1弦 1.0mm
テイルピース高(ボディトップ⇔テイルピース下部) N/A
ピックアップのセッティング リズム トレブル
ピックアップカバー面から弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 2.8mm 6弦 4.8mm
1弦 1.8mm 1弦 4.0mm
各弦ポールピースから弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 2.7mm 6弦 4.5mm
5弦 2.6mm 5弦 4.0mm
4弦 1.6mm 4弦 3.5mm
3弦 1.8mm 3弦 5.0mm
2弦 1.3mm 2弦 3.8mm
1弦 1.3mm 1弦 4.0mm
1964 TRINI LOPEZ STANDARD MURPHY LAB ULTRA LIGHT AGED
ネックリリーフ(ネックの反り具合) 0.0120mm
12フレット上の弦高 6弦 1.5mm
12フレット上の弦高 1弦 1.0mm
テイルピース高(ボディトップ⇔テイルピース下部) N/A
ピックアップのセッティング リズム トレブル
ピックアップカバー面から弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 3.3mm 6弦 3.3mm
1弦 2.3mm 1弦 2.8mm
各弦ポールピースから弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 2.8mm 6弦 3.3mm
5弦 2.9mm 5弦 3.0mm
4弦 2.1mm 4弦 2.3mm
3弦 3.0mm 3弦 3.3mm
2弦 1.5mm 2弦 1.8mm
1弦 1.3mm 1弦 1.2mm

The Art of Strings vol. 1

今 剛 Tsuyoshi Kon

Profile

1958年 北海道出身のギタリスト。 10代からプロとして活動を始め、Panta&HAL、PARACHUTE、ARAGON、Nobucaine 、井山大今、Battle Cry 等のバンドに参加。セッションミュージシャンとしても、井上陽水、今井美樹、宇多田ヒカル、大瀧詠一、尾崎豊、角松敏生、かまやつひろし、寺尾聰、徳永英明、中島みゆき、福山雅治、松田聖子、松任谷由実、矢沢永吉、吉田兄弟、ATSUSHI(EXILE)、など多数のアーティストの作品に参加。
自身のソロアルバムも「Studio Cat」(1980年)「2nd ALBUM」(2009年)の2枚を発表している。

1959 Les Paul Standard ReissueMurphy Lab Light Aged
1964 ES-335 ReissueMurphy Lab Ultra Light Aged

Photos 収録の様子

Interview 収録後インタビュー

11/22/2021 Sound City Annex T1 Studio
Interviewer: Tak Kurita Gibson Japan
Special Thanks: Jun Sekino

この試奏動画の立ち上げにあたり、最初の候補としてあがったのが今さんなんです。
それはどうも、ありがとうございます。

それでは改めてよろしくお願いします。ES-335は昔から使われてきたということですが、レスポールというイメージが今さんにはなかったのですが。
本当に?大昔はレスポールのデラックス持っていたんです。ゴールド・トップ。

じゃあ、ちょうど(デラックスが)出てた頃に買ったんですか?
そうですね、現行商品みたいな感じで。

今日はレスポールとES-335を弾いて頂きました。改めて感じたことや気づいたことはありましたか?
やっぱ音がいいですよね。特に高い方の伸びとかはメチャクチャ。そこを多用してしまった感があります。

表現力豊かに弾かれていた印象でしたが、そういったプレイがし易いギターってあるのですか?
どのギターがどうっていうのではなくって、やっぱり調整ですよね。僕に合わせた調整ができていれば何でも弾きやすいです。

けっこうピッキングのアタックが強めというかハードなので、弦高は高めの方が・・
音がいいですね。あとはチョーキングした時の指のひっかかり具合。

今さんファンの間では、コイル・タップ・スイッチの付いた70年代のES-335が有名ですが、LAで買ったんですよね。
新品が楽器店にぶら下がってて、これがいいやって感じで、そのまま持って帰ってきました。その後に色々と。テイルピースはブランコ型だったので、ストップに替えて。ペグが頼りなかったのでグローバーに替えて。それ以外はいじってないですね。

そのES-335も弦高やピックアップの高さなど、セットアップは細かく指定していたのですか?
昔は誰かに頼んだりとかがなかったので自分でいじってたんですけど、最近はいつもやってもらっている志村ってのがいるんで頼んでやってもらっています。(志村昭三氏は80年代より今剛氏のギターに関わり、現在プロヴィデンスから発売されている今剛氏のシグネチャー・モデルの監修、セットアップを行っている)

ソロ・アルバムの『Studio Cat』(1980年発売)、中でもギター・ファンの間では「Agatha」が有名ですけれど、この作品はLA録音ですよね?
そうです、A&Mのスタジオ。

そのときに持っていったのがES-335ですね。
そのちょっと前にLAに行った時に買って帰って、日本で使って、レコーディングに持っていきました。

1本だけですか?
うん1本だけ。1本しか持って行かなかった。

The Art of Strings vol. 1 Tsuyoshi Kon Interview

11/22/2021 Sound City Annex T1 Studio
Interviewer: Tak Kurita Gibson Japan
Special Thanks: Jun Sekino

この試奏動画の立ち上げにあたり、最初の候補としてあがったのが今さんなんです。
それはどうも、ありがとうございます。

それでは改めてよろしくお願いします。ES-335は昔から使われてきたということですが、レスポールというイメージが今さんにはなかったのですが。
本当に?大昔はレスポールのデラックス持っていたんです。ゴールド・トップ。

じゃあ、ちょうど(デラックスが)出てた頃に買ったんですか?
そうですね、現行商品みたいな感じで。

今日はレスポールとES-335を弾いて頂きました。改めて感じたことや気づいたことはありましたか?
やっぱ音がいいですよね。特に高い方の伸びとかはメチャクチャ。そこを多用してしまった感があります。

表現力豊かに弾かれていた印象でしたが、そういったプレイがし易いギターってあるのですか?
どのギターがどうっていうのではなくって、やっぱり調整ですよね。僕に合わせた調整ができていれば何でも弾きやすいです。

けっこうピッキングのアタックが強めというかハードなので、弦高は高めの方が・・
音がいいですね。あとはチョーキングした時の指のひっかかり具合。

今さんファンの間では、コイル・タップ・スイッチの付いた70年代のES-335が有名ですが、LAで買ったんですよね。
新品が楽器店にぶら下がってて、これがいいやって感じで、そのまま持って帰ってきました。その後に色々と。テイルピースはブランコ型だったので、ストップに替えて。ペグが頼りなかったのでグローバーに替えて。それ以外はいじってないですね。

そのES-335も弦高やピックアップの高さなど、セットアップは細かく指定していたのですか?
昔は誰かに頼んだりとかがなかったので自分でいじってたんですけど、最近はいつもやってもらっている志村ってのがいるんで頼んでやってもらっています。(志村昭三氏は80年代より今剛氏のギターに関わり、現在プロヴィデンスから発売されている今剛氏のシグネチャー・モデルの監修、セットアップを行っている)

ソロ・アルバムの『Studio Cat』(1980年発売)、中でもギター・ファンの間では「Agatha」が有名ですけれど、この作品はLA録音ですよね?
そうです、A&Mのスタジオ。

そのときに持っていったのがES-335ですね。
そのちょっと前にLAに行った時に買って帰って、日本で使って、レコーディングに持っていきました。

1本だけですか?
うん1本だけ。1本しか持って行かなかった。

エフェクターはコンパクト・エフェクター?
ROSSのコンプとディストーションはボスの黄色いやつですね(OD-1)。コーラスはCE-1持って行って、117Vで使ってたら音がすっごい良かったんですけど、1週間目ぐらいで壊れましたね(笑)

海外録音ということもあって、ギター1本とコンパクト・エフェクター、今のようなデジタル機材は何も無し。しかも時間も限られていたと思うのですが、納得できる演奏と音で録るというのは、かなりの苦労と工夫をされたのではと想像してしまいますが。
いや、やっぱり海外のミュージシャンと一緒にやるのは楽しかったですよ。エンジニアも僕の好きな人をリクエストしたんで。

音決めとかそういったことはスムースにいきました?
わりとスムースでしたね。彼は日本人のようなハートを持ったエンジニアだったんですよ。(スティーヴ・ミッチェル氏とは)話が伝わりやすくて、今でも仲良くしている。当時はまだデジタル・リヴァーブも無いし。デジタル・ディレイはあったのかな。でも、せいぜい(ディレイ・タイムが)250ミリくらいしか伸びなくて、長いフィードバックが欲しいっていうんで、2chの(オープン)テレコにエンドレス・テープをかけて、テープの空リールを下げてスピード変えてやってましたね。

その時代ならではの限られた機材で工夫してたっていう楽しさもありですね。
だから今から考えると、そんなに凝った音作りではないですよね。ドラムの音とか生ギターの音とか。生ギターはレンタルで借りて録音したんですけど、やっぱり空気が乾燥しているから生楽器の鳴りがいいんですよ。

LAだと楽器の鳴り方が全然違うんですね。
湿気が多いと、低音は変わんないんですけど高い音が飛ぶのが遅くなるらしくて、高い音が遅れてくるんで音が甘くなるっていうことらしいです。

空気で音の伝導が違うんですね。
こんなに小さいカセット・テレコがすごくいい音だったりするんで、何でだろうって・・・

ハムバッカーとコイル・タップが今さんのサウンドの基本になっていますね。インタビューでもハムバッカーの音が好きと発言されています。
最近使っているほとんどのギターの元になっているのが当時のダンカン・ギターなんです。志村ってやつと2人でどういうギターにしていこうかって。種類までは、わからないけど、それはギブソンのピックアップを載せてもらって。今はJ.M.Rolphのハムバッカー。

ギブソンのPAF系で、そんなにアウトプットが高くはないはずですが、そういったハムバッカーの音が好きというか、それを使う基準となった音楽とか音があるのですか?
いや、何となくそこに行き着いた感じですかね。ピックアップを色々とっかえひっかえ研究したほうではないので。ディマジオとか使ってみたことはありますけど、あとはあんまり・・・ほとんどギブソンですね。

ハムバッカーが一番気持ちよく演奏できるサウンドなのですね。
艶っぽい音がするじゃないですか、ギブソンって。

コイル・タップによってハムバッカーをシングルコイルにして使うのは主にリズム・ギターの時ですか?
そうですね。やっぱり、シングルの方が16ビート系のカッティングとか、シャキシャキと刻むときに切れ味がいい気がするので。

どちらかっていうとフロント・ピックアップ側をコイル・タップして使うことの方が多いのですか?
そうですね。うーんでも、ベンチャーズみたいなのやカントリー系をやる時はリアのシングルコイルでやりますけどね。

コイル・タップはマストなんですね。
そうなんですよ。できれば持ち替えずに1本のギターでいけたら楽っていうか、曲の中で両方の音が登場する場面もありますし、ビーンっていうカントリーっぽい音から、ゴーッていうディストーションまで出せるのは、前も後ろも別々にコイル・タップできる2ハムバッカーが一番使いやすいんです。ストラトとかでもセンター・ポジションってあまり使ったことないですね。ハーフ・トーンは使いますけど。

1曲の中で求められるサウンドを1本でやろうと思ったらそういうセッティングになった?
そうですね。

ギター以外の機材周りに関しては、フラクタルオーディオシステムズのようなデジタルも、メサ・ブギーのような真空管アンプも両方使っていますが、今さんはデジタルの新しい機材を積極的に探して使っているっていうイメージです。
そうですね。フラクタルにたどり着くまでに色々試したことはあるんですけど、何か音が良くなくって。やっぱり(デジタルは)だめなのかなって思ってたんです。知ってる人はたくさんいるかもしれないですけど、元々はでっかい20Uのラックがあって。MIDIを使ってスイッチ1個で、曲のイントロ/バース/サビ/間奏のソロで、リヴァーブも変わってほしいし、ディレイ・タイムも変わってほしいし、もちろん歪み具合も変わってほしい。
でも、演奏しながらコンパクト・エフェクターを同時に切り替えるのは大変じゃないですか。それを1発でポンと切り替わるように(20Uラックを使って)やってたんですけど、さすがに、やっぱり、その・・・限界がありまして。そんな時にフラクタルってこんなんだよって聞いて、じゃあちょっとやってみようって、そうしたらやりたいことが出来るようになったんです。

本当はずっとデジタルの使い勝手の良さが欲しかったけれども、そのときに実用的なレベルに近づいたという感じですか?
ですね。音の作り方もあると思うんですけど、EQとコンプとをうまく使えば、けっこうアナログな感じの音になる。求めているのはデジタルなのかアナログなのかはわからないですけど。(デジタル・レコーディング・システムの)プロ・トゥールズにしても、出た当時よりも、今はうんと音が良くなってるじゃないですか。やっぱり、そういう意味でデジタルの技術が進んでいるのだと思います。

最新のものを取り入れるという姿勢にとても感銘を受けます。
ありがとうございます。

それはきっとプロとして求められるものを、限られた環境や時間の中でやろうと思うところから来てるのかなって思います。個人的にはどうなのですか?真空管アンプで思いっきりでかい音で鳴らすほうがよいのですか、それとも・・・
もうすっかり(ライン・システムに)慣れちゃいましたね。やっぱり生でアンプを鳴らすと、ステージの構造や材質とかまでに影響されちゃうので、毎回どこへ行っても同じ音が出ないわけですよ。あんまり狭いところででかい音を鳴らしても、他の人と被っちゃって迷惑になっちゃうじゃないですか。そういうのが無いところで音作りができるって意味では便利だなって思います。

よくインタビューで「今さんはとにかくハイファイを求めてる」って書かれているのですが、それだけじゃないと思うのは、ピックアップはアクティヴ・ピックアップじゃないですよね。
アクティヴの音はあまり好きじゃないですね。

そうですよね。ギター本来の音が好きで、それをアウトプットする際に、いらないものが入ったり音が劣化するのを避けようと思って、できる限りピュアなトーンを出そうとして・・・ケーブルとか、色んなものにこだわっているのかと。
そうですね。ケーブルも短くすむところは短いのを作ってもらって、もしくは自分で作って配線してましたね。20Uのラックも組んで、家に持ち込んで広げて、ビールとか飲みながらハンダ付けをして(笑)全部自分でやってました。

なかなかそこまでやる人はいないんじゃないかと思います。
いや、結構いるんじゃないですか。

そうですか?「やっといて」みたいなイメージかと思いましたけど。
最近はそうです。もう老眼でハンダが全然見えないもん。

わかります、わかります(笑)。今さんのサウンドって、日本人なら聴いたことがない人がいないほど、いろんなところで無意識のうちに聴いているはずですが、求めるクライアントというか、例えば角松さん(角松敏生)だったらAOR系の音ですが、鷺巣さん(鷺巣詩郎)みたいな劇伴の時は、音とプレイのアプローチが異なると思うのですが。
「どういう音にしてくれって」とかは言われたことはないですね。

おまかせって感じなんですか?
ただやっぱり聞いていると、曲を聞いて何かこうメロウな方がいいんだろうなとか、(鷺巣詩郎氏とやった)エヴァンゲリオンみたいなのだと悪者な感じなんだなと。じゃあ悪者になってやろうってディストーションのギザギザした感じでジャーっていう「砂かけー」みたいな(笑)そういうイメージで作ってますね。

依頼する方も、今さんに任せておけば大丈夫という安心感があるんじゃないですか。
そういうのも、あるのかもしれないです。

今さんのギターってスタジオ・ギタリストでありながら、けっこうアーティスティックっていうか、尖っているものを感じるんですよね。
人間そのものが、こんなに尖ってたからね(笑)

最初の頃って、ギタリストとしての感性的な部分、自分自身の尖った部分と求められるものとのバランスをどうやって取ってたのかなって。
さすがに「スティーリー・ダンみたいに弾いてくれ」って言われた時は、「じゃあ、スティーリー・ダンに頼めば?」って言ったことはありましたけどね(笑)

「ラリー・カールトン呼べば」とか?(笑)
そうそう。「オレはそれじゃないから」って。それしかやらないってわけじゃないですけど。もちろんお互いにやり取りして自分の範囲内で寄せていく。

そのバランスの取り方が絶妙だったのだと思います。
そうなんですかね。

メサ・ブギーについてもお伺いしたいんですけど。メサのキャリアが長いんですよね。
PANTA&HAL(頭脳警察にいたパンタを中心に1977-81年に活動したバンドで、今剛氏が初めて参加したプロ・バンド)の頃から既にメサ・ブギーですよ。

多分Mark I、何色ですか?
あのベージュっぽい、クリーム色みたいな。

サンタナとかラリー・カールトンと同タイプ?
そうそう。アンプの後ろにダイモで名前が貼ってあった頃のやつ。

きっかけは、試奏したり音を聞いたりしたのですか。
どっかで誰かが使っていたのを見たんでしょうね。ちっちゃいのに随分音がでかくていい音するなと。誰だったかなー、もしかしたらラリー・カールトンだったかもしれない。

そこから今でも2台のデュアル・レクチファイアですよね。先程おうかがいしたら、それぞれ違うとか。
1台は日本に最初に入ってきた1台。

それは100ボルト仕様ですね。どのように入手したのですか?輸入代理店に頼んだとか・・・
輸入代理店の方が「こんなの出たんですけど」って見せてくれて。もう超鉄板な感じのルックスが気に入っちゃって。その場で「今日から使うから」って言って。

音を聞く前にルックスで(笑)
後から「カタログ用の写真を撮りたいんで、ちょっと貸してくれますか」って言われて。それしか実物が無かったから(笑)

実際に音を出してみて、どうでした?
バッチリですよ。やっぱり、パワー・チューブを差し替えてバイアス・スイッチを変えるだけで、すぐに使えるってのがなんとも便利で。

クリーンも、クランチも、歪みも、どこも遜色ない感じで?
そうです。もう1台は米国仕様をそのまんま。トランスの大きさが日本仕様のやつよりも小さいんですよ。

ステップ・アップ・トランスを電源の前に入れて使ってたんですか?
そうそう複巻のトランスで115Vに上げて。

それは意図的に手に入れたのですか、それとも、たまたま入手できたから?
向こうで売ってるのとこっちで売ってるのとはなんか違うんじゃないかと思って。

違いました?
全然違いました。結局今は1台にEL(EL34/ヨーロッパ管)が入ってて、もう1台は6L(6L6/アメリカ管)が入ってる状況にして保管してあります。

チューブを変えて使い分けているのですね。なぜ同じセットが2台あるかっていうのがよくわかりました。
そうなんですよ。だから僕のセカンド・アルバム(『2nd ALBUM』2009年発売)は、ほとんどが、どちらかのデュアル・レクチです。

今さんのサウンドの特徴で、コンプレッサーがギターから最初にくるじゃないですか。これはどういう使い方を?
まずギターから出てる信号って微弱じゃないですか。だから、できるだけ性能のいいケーブルを使って先ずコンプレッサーに入れて、そこで電圧掛けて回路の中を通してゲインをちょっと上げる。そうすると、その段階で音がとても強くなる。そこが狙いですね。

バッファー的にっていうか。
バッファー的な発想。

でも、コンプレッサーとしても機能させている?
若干。パコーンってほどはかかってないです。そのパコーンは、例えばスライドやる時とかは延びてほしいんで、そういう時はフラクタルの方で別にもう1台コンプを追加しています。

別掛けなんですね、よくわかりました。いろいろ調べたんですけど、ROSSのコンプがあって、ヴェルベット・コンプがあって。そして今はまた新しくなって(SUHR / Woodshed Comp)。常に何か良いものはないかなと探しているのですか?
なんか、けっこう色んな人が持ってきてくれるんですよね。「こんなのどうですか?」みたいに。

その中で一番使えそうなものをと。
実際使ってみて良ければ「もう一個買うわ!」みたいな。

コンプレッサーってすごく今さんのサウンドの要になっているじゃないかと。
そうでしょうね。

ハムバッカー、コンプレッサー、メサ・ブギーが要なのかなって思いました。 用意してきた質問は以上です。他にこれは言っておきたいということがあれば。
何でしょうね。なんかあります?

ギブソンのTシャツはXLがちょうどいいとか。もうちょっと持ってきてとか(笑)
XXLでお願いします。待ってますから(笑)

ギブソンのギターで、今何か手元に置きたいとしたら何ですか?
レスポールかSGですね。やっぱりレスポールかな・・・

そんなこと言ったら用意しますよ、本当に(笑)
ホントに?よろこんで弾かせてもらいます(笑)

どういうレスポールがお好みですか?ネックは’60sタイプの細い方がよいみたいですね。
(当日試奏した)335の方が(ネックが)ちょっと細いでしょ?そっちの方が自由に遊べる感じはあります。

思い入れのある色とかはありますか?
サンバーストですね。こんなトラの目があればいいですけど(試奏したギターを見て)

ペグはグローバーですか。
いや今日これ使ってすごく良かった。クルーソンですよね。こんなにスムースだったっけかなって。グローバーみたいなのは(たくさん巻かなきゃならないんで)ワインダーを出して巻くのが大変で。今はほとんどがゴトーかシュパーゼルです。ギュッと引っ張って止めて、3−4回したらいいやつ。(ロック・タイプ)

レスポールにもコイル・タップがある方がいいんですか?
可能なんですか?でも見た感じでは、どこに付けたらいいんだかわかんないですよね。

ジミー・ペイジみたいにノブを引っぱったら変わるとか。またはピックガードの下側に隠し入れるとか?
その手があるか!ルックスは大事にしたいもんね、このデザインは。うん、引っ張ってタップできたらいいですね。

軽いほうがいいですか?
うん。

コントロールの位置は今のレスポールのままでよいのですか?
これは変わらないでほしい。

では今さんの理想とするレスポール像で締める感じで以上です。どうもありがとうございました。


収録を終えて

栗田隆志 Gibson Japan

インタビューの冒頭で本人にも伝えましたが、この企画の立ち上げにあたり、どうしてもお願いしたかった一人が今さんでした。正直、依頼しても断られると思いました。「ヴィンテージ・ギターには興味がない」と聞いていたからです。ところが出演は快諾されました。しかもPARACHUTEの代表曲のひとつTABOO 80’をフルで演奏してもらえるとのこと。弾き慣れている本人楽曲なので、収録は数テイクをさらっと弾いて終わるのかと思いましたが全く違いました。自分にとってベストな弦高を探りながら試奏器の調整を何度も繰り返し、演奏についても自ら納得のいくものが録れるまで絶対にOKを出さずにテイクを重ねられ、どちらも一切の妥協はありませんでした。

別の側面としては、収録の合間には「音、大丈夫ですか?」と我々を気遣い(大丈夫どころか、その超絶なプレイとサウンドに感動しかない)、インタビューにおいては事前に自ら用意したメモを確認しながら、間違いのないように慎重に答えていました。 一言で言えば、仕事においては非情なまでに合理的で自分に厳しいのです。その厳しさの源泉は、「常にクライアントの期待を超えるクオリティの仕事をする」と自らに課しているのではないかと感じました。考えてみたら当たり前です。そうでなければ、これだけ長きにわたり業界屈指のファースト・コールでいられるはずがないのですから。

Product 使用ギターの仕様と特徴

1959 Les Paul Standard ReissueMurphy Lab Light Aged

ヴィンテージ・ギターの頂点といわれるのが1958-60年にかけて、ギブソンで製造されたレスポール・スタンダード。“バースト”の呼び名でも知られるこのギターは、フレイム・メイプル・トップとチェリー・サンバースト・フィニッシュ、そして前年から採用されたハムバッキング・ピックアップが出揃ったことで誕生した。

現在カスタムショップでは、58/59/60年と各年の特徴を再現したモデルが作られているが、その中でも59年モデルの人気は突出している。今回の試奏器となったモデルは、1959年の特徴となるファット系ながら58年よりも一回りスリムになったグリップと同年から採用されたワイド・フレットを備えており、マーフィー・ラボ製品ならではのエクストラ・ロールド・バインディング(エッジ部分を大きく丸める)により長年使い込まれたギターのようにスムースな弾き心地が生み出される。 “PAF”の呼び名で知られる初期型ハムバッキング・ピックアップを再現したアンポッテッド・カスタムバッカーは、オリジナルにみられる個体差の中から、豊かな倍音、艶のあるエッジ、ファットなトーンを組み合わせたトーン・キャラクタに設定されている。

カラーは発売当時のチェリー・サンバーストから赤みと鮮やかさが失われてレモン・カラーへと変化した状態がリアルに再現されており(カラー名ダーティー・レモン)、4段階に設定されたエイジング・レベル(あらかじめ定められたエイジド加工の強度)の2段階目となる“ライト・エイジド”が施されたネック/ボディには、ヴィンテージ・ラッカー特有のウェザー・チェックと呼ばれる細かなヒビが再現されている。

1964 ES-335 ReissueMurphy Lab Ultra Light Aged

アーチトップとソリッド・ギターを橋渡しするモデルとしてギブソンから1958年に発売されたES-335。セミ・アコースティックという独自の構造を持つこのギターは、薄いメイプル/ポプラ/メイプルを合わせて作られた専用板材が使われる。今日でもギブソンのファクトリーでは50年代から使われてきた大型ホットプレス機が稼働している。ボディ内センター部分にはメイプルのソリッド・ブロックがセットされ、ソリッド・ギターの強さとアーチトップのメロウさを併せ持つキャラクタが作られる。

それまでのマウスイヤーと呼ばれる形状とは異なり、カッタウェイ・ホーンの先端がややスマートになった64年モデルを再現したのが今回の試奏器。ローズウッド製のフィンガーボードは以前のドットマークから小型のブロック・インレイへと変更され、1ピースのマホガニー製のネックは、60年代の中でも特に人気の高い滑らかなミディアム・C グリップに加工されている。落ち着いた色合いのチェリー・レッドは、当時と同じように生地着色。最も軽い経年処理の“ウルトラ・ライト・エイジド”が施されたボディの表面には細かなウェザー・チェック(塗膜のヒビ)が、特徴的なハードウェア類と共に再現されている。そのサウンドは、“PAF”ハムバッキング・ピックアップに基づいて作られたカスタムバッカーによる、ややファットな初期型トーンを引き継ぎながらも、セミ・アコースティック・モデルならではのメロウできめの細かいトーン・ニュアンスを備えている。

文:關野淳
大手楽器店、リペア・ショップを経て、現在は楽器誌、音楽誌で豊富な知見に基づく執筆を行うヴィンテージ・エキスパート&ライター。


プロダクト・テクニシャンによるコメント

福嶋優太 Gibson Japan

ネックの調整
今さんの場合、0.01mm程度のネックの反りを感覚としておわかりになるようでしたので、ファクトリー出荷基準ではネックをややリリーフするのですが(わずかに順ぞり)、ご本人の希望によりストレートにしました。このため1弦側の弦高を基準より高くすることで、弦の振幅を妨げないようにクリアランスを確保しました。

弦高、テイルピースの調整
リハーサルの際に、チョーキング時の指の引っ掛かりが気になるとのことでしたので、ご希望に合わせて1弦側の弦高を出荷基準値より高くしました。このセッティングは、スライドギターをプレイする方に多いです。今さんのダイナミックなチョーキング、情感溢れるビブラートといったニュアンスを活かすプレイのために、テイルピースを高めの位置にしています。

ピックアップ
各弦をバランス良く、まとまりのあるサウンドでアウトプットするために、ピックアップを調整しました。使用する弦のブランド、素材、ゲージにより、アウトプット・バランスは変わるため、ピックアップ本体だけではなく、ポールピースによる各弦単位の調整も行いました。各弦の出力バランスをとりながらセッティングする場合、1弦とポールピースの距離は近くなり、6弦は遠くなります。プレーン弦の3弦は振幅が大きく、音量が出やすいため低くしますが、4弦はラウンド弦でサステインと音量が少ないため、ポールピースを弦に近づけます。今回レスポールとES-335でピックアップのセッティングが異なります。レスポールは切れ味の良い王道サウンド、ES-335は特徴である箱鳴りを活かすため、レスポールよりピックアップ本体を下げて、ギター本体の生鳴りを強調しました。

試奏器セットアップデータ

1959 LES PAUL STANDARD REISSUE MURPHY LAB LIGHT AGED
ネックリリーフ(ネックの反り具合) 0.0254mm
12フレット上の弦高 6弦 1.58mm
12フレット上の弦高 1弦 1.98mm
テイルピース高(ボディトップ⇔テイルピース下部) 5mm
ピックアップのセッティング リズム トレブル
ピックアップカバー面から弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 2.5mm 6弦 2.6mm
1弦 1.5mm 1弦 3mm
各弦ポールピースから弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 2.4mm 6弦 2mm
5弦 2.3mm 5弦 2.6mm
4弦 1.3mm 4弦 2.1mm
3弦 2.2mm 3弦 3mm
2弦 1mm 2弦 2mm
1弦 1mm 1弦 2mm
1964 ES-335 REISSUE MURPHY LAB ULTRA LIGHT AGED
ネックリリーフ(ネックの反り具合) 0.0254mm
12フレット上の弦高 6弦 1.98mm
12フレット上の弦高 1弦 1.58mm
テイルピース高(ボディトップ⇔テイルピース下部) 5mm
ピックアップのセッティング リズム トレブル
ピックアップカバー面から弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 3mm 6弦 3mm
1弦 2mm 1弦 2.5mm
各弦ポールピースから弦までの距離*22フレットを押さえた状態で計測 6弦 2.5mm 6弦 3mm
5弦 2.6mm 5弦 2.7mm
4弦 1.8mm 4弦 2mm
3弦 2.7mm 3弦 3mm
2弦 1.2mm 2弦 1.5mm
1弦 1mm 1弦 1mm

Murphy Lab Collection

マーフィー・ラボのギターは、木工から塗装までの工程をカスタムショップのクラフツマンが行い、その後、カスタムショップの中に設置されたマーフィー・ラボ・ルームにてエイジングが行われる。ラボのリーダーでありマスター・アルティザンのトム・マーフィーと彼のチームが手掛けるのは、各年代の特徴を再現したカスタムショップのヒストリック・コレクションとアーティストモデル。これらは良質なジェヌイン・マホガニー、主にアメリカ国内のイースタン・メイプルとウエスタン・メイプル、インディアン・ローズウッドなど、シリーズに最適な木材が採用されている。

そして、実際のヴィンテージ・ギターを3Dスキャニングすることで得られたデジタル・データを元にして、年代ごとの特徴を持つ形状へと加工される。最新のCNCルーターを使った高い精度の加工に加えて、ヴィンテージと同じデザインのトラスロッドやハイド・グルー(ニカワ)を使った接着等、可能な限り当時と同じスペックにこだわったギター作りが行われている。また、ピックアップやブリッジといったハードウェア類の多くとプラスティック・パーツは、ヴィンテージ・スペックに基づく専用パーツ。

マーフィー・ラボの大きな魅力といえるのが、トム・マーフィーが長年培ってきた知識や技術が注ぎ込まれたリアルなフィニッシュとエイジングだ。外観が様々な色合いへと変化し熟成してゆく様はヴィンテージ・ギターの大きな魅力であり、長年自らのリペア・ショップを営んできたトムは、様々なヴィンテージ・ギターの経年変化を研究/再現してきたが、その成果を元に生み出されたのが、マーフィー・ラボの製品に使われている専用ラッカー。このラッカーにマーフィー・ラボならではの工程を加えることで、ヴィンテージ・ギター同様のウェザー・チェックと呼ばれる塗膜のヒビが再現され、作りたてでありながらヴィンテージの質感を持つギターが生まれるのだ。