The Art of Strings vol. 4

梶原 順 Jun Kajiwara

Profile

1961年8月25日生まれ。 ギタリスト・コンポーザー・アレンジャー・プロデューサー。 幼少の頃よりピアノを弾き、中学2年の時にギターを手にする。 その後ロックに始まり、様々な音楽を体験するにつれ、そのギタースタイルも多種多様化していく。 プロミュージシャンを目指し1979年に上京。 1981年、プロとしてのキャリアをスタートさせる。 その後、渡辺 貞夫、森山良子、マリーン、本田雅人を始め数々のアーティストのツアーサポートを務め、スタジオミュージシャンとしてレコーディングに参加した楽曲数は計り知れない。 また自身の音楽を求め、「J&B」「JとB」「SOURCE」「Witness」 [J&K] といったグループ活動も行い、現在は [川成順] [coco←musika] を中心に、「自身のソロ活動」、併行して『昭和音楽大学』や『Alterd Music School』に置いて、講師として後輩の指導にも力を注いでいる。

"Out of the Blue"
"Wait for No One"

Interview 収録後インタビュー

6/27 2022 at DisGOONieS
Interviewer: Tak Kurita Gibson Japan
Special Thanks: Jun Sekino

今回の収録では1959 ES-335と1958 Les Paulを弾いていただきましたが、いつもと違って「ああ、この辺のポジションが気持ちよくて弾いちゃった」とか、「こういうフレーズが出てきたな」という現象はありましたか?
ギターを弾いている方は経験されていると思いますけど、レスポールのハイ・ポジションって手の大きさや構え方で弾きにくいというか、扱いづらい場所になりますよね。そういう意味では、今日はレスポールの方でロックっぽい曲を演奏しましたけど、その割には高い方(ハイ・ポジション)はあまり使わなかったかもしれないですね。ただ中域から低域の表現力が、特に中域の表現力がすごかったので、レスポールも335もなんかこの辺(指板のミドル・ポジション)っていうか、中域を結果的に使った気がします。

特にES-335の方は、すごくニュアンスを活かすプレイをされていたと感じました。ニュアンスを活かすプレイをするために、向いている特性のギター、セッティングってありますか?
ギターと自分の関係というか、自分のピッキングのタッチとか、ピッキングの角度、強さ、あとビブラート・・・。まあ、反応してくれるギターだと、その反応してることが楽しくて、よりそこを自分も多く使おうと思うし、そういう意味では楽器との対話をあまり考えているわけじゃないけど、楽器の反応の仕方を感じながら、こっちが次の表現を聞こえてきたままに弾くっていう。それの相乗効果でループしていくってことですね。今日この335で表現力とかニュアンスっていうのがすごく伝わったとしたら、それはギターと僕との関係がうまくいっているってことだと思います。

レスポンスの速さが重要ですし、梶原さんはアコースティック・ギターをかなり弾かれますから、ES-335はそれに近い感覚があったのかもしれません。
そうですね。でも、今言ったことに関してはレスポールも同じように感じました。ただ335を使った方のバラードの曲はゆったりしているし、ニュアンスが活きる曲なので、よりそういう風になったと思うし、レスポールの方はロックっぽい曲でしたので、ニュアンスよりは立ち上がりの良さとか、歯切れの良さとか、倍音の豊かさとか、そういう方向に演奏も行っていると思います。

今日の演奏はフラクタル(プリアンプ/FX プロセッサー)を使ってライン直でしたが、例えば現場で知らないアンプを使わなくてはならない場合、自分の使いたい音というか好きな音に寄せていく時って、どのように音を決めていくのですか?
例えばライブハウスで普段自分が使ってないアンプが置いてあった場合ですよね。一番僕が気にするのは、どのくらいのボリュームで演奏するかを想定します。つまり同じセッティングでもボリューム感が小さめなのと大きめなのでは、スピーカーの特性もあってピークの度合いも変わるので、自分はこれくらいのボリュームで演奏するだろうなっていうボリュームで確かめるんです。ひとつはトーン全開のリアでコードや単音を弾いた時に、リアの音なので音が固めなのは当然なんですけど、その中でも耳に痛いというか、そういうピークをあんまり出しすぎにならないようにまず調整して、逆にフロントの時はローの膨らみ、甘いトーンが欲しいんですけど、そこが膨らみすぎてブーミーにならないように、リアとフロントでそれぞれの帯域の気になるところが出ないように。だけどフロントは甘くリアはエッジの効いたところも残したいので、そのさじ加減をまず探るっていうところですかね。センターにした時、センターはコード・カッティングというかリズム・プレイの時によく使うので、センターにした時に歯切れがよくてカッティングが気持ちよくできるようなところを微調整する感じです。

音作りに於いて重要な要素のひとつのピックアップですが、今日弾いていただいたのは、完全なヴィンテージ・タイプで、PAFと同じ構造のピックアップです。梶原さんの好きなタイプのハムバッキングは、どのようなものですか?
載せてるギターとの組み合わせの妙みたいなものもあるとは思うんですけど、まさに今回の音って僕の好みと言ってよいと思います。パワフルすぎず、乾いた感じと粘りの両方を持っている感じで。まあセッティングもよかったと思うのですけど、ほんとに「ニュアンスが伝わる良い音だなあ」と思って使ってました。

The Art of Strings vol.4 JUN KAJIWARA Interview

6/27 2022 at DisGOONieS
Interviewer: Tak Kurita Gibson Japan
Special Thanks: Jun Sekino

今回の収録では1959 ES-335と1958 Les Paulを弾いていただきましたが、いつもと違って「ああ、この辺のポジションが気持ちよくて弾いちゃった」とか、「こういうフレーズが出てきたな」という現象はありましたか?
ギターを弾いている方は経験されていると思いますけど、レスポールのハイ・ポジションって手の大きさや構え方で弾きにくいというか、扱いづらい場所になりますよね。そういう意味では、今日はレスポールの方でロックっぽい曲を演奏しましたけど、その割には高い方(ハイ・ポジション)はあまり使わなかったかもしれないですね。ただ中域から低域の表現力が、特に中域の表現力がすごかったので、レスポールも335もなんかこの辺(指板のミドル・ポジション)っていうか、中域を結果的に使った気がします。

特にES-335の方は、すごくニュアンスを活かすプレイをされていたと感じました。ニュアンスを活かすプレイをするために、向いている特性のギター、セッティングってありますか?
ギターと自分の関係というか、自分のピッキングのタッチとか、ピッキングの角度、強さ、あとビブラート・・・。まあ、反応してくれるギターだと、その反応してることが楽しくて、よりそこを自分も多く使おうと思うし、そういう意味では楽器との対話をあまり考えているわけじゃないけど、楽器の反応の仕方を感じながら、こっちが次の表現を聞こえてきたままに弾くっていう。それの相乗効果でループしていくってことですね。今日この335で表現力とかニュアンスっていうのがすごく伝わったとしたら、それはギターと僕との関係がうまくいっているってことだと思います。

レスポンスの速さが重要ですし、梶原さんはアコースティック・ギターをかなり弾かれますから、ES-335はそれに近い感覚があったのかもしれません。
そうですね。でも、今言ったことに関してはレスポールも同じように感じました。ただ335を使った方のバラードの曲はゆったりしているし、ニュアンスが活きる曲なので、よりそういう風になったと思うし、レスポールの方はロックっぽい曲でしたので、ニュアンスよりは立ち上がりの良さとか、歯切れの良さとか、倍音の豊かさとか、そういう方向に演奏も行っていると思います。

今日の演奏はフラクタル(プリアンプ/FX プロセッサー)を使ってライン直でしたが、例えば現場で知らないアンプを使わなくてはならない場合、自分の使いたい音というか好きな音に寄せていく時って、どのように音を決めていくのですか?
例えばライブハウスで普段自分が使ってないアンプが置いてあった場合ですよね。一番僕が気にするのは、どのくらいのボリュームで演奏するかを想定します。つまり同じセッティングでもボリューム感が小さめなのと大きめなのでは、スピーカーの特性もあってピークの度合いも変わるので、自分はこれくらいのボリュームで演奏するだろうなっていうボリュームで確かめるんです。ひとつはトーン全開のリアでコードや単音を弾いた時に、リアの音なので音が固めなのは当然なんですけど、その中でも耳に痛いというか、そういうピークをあんまり出しすぎにならないようにまず調整して、逆にフロントの時はローの膨らみ、甘いトーンが欲しいんですけど、そこが膨らみすぎてブーミーにならないように、リアとフロントでそれぞれの帯域の気になるところが出ないように。だけどフロントは甘くリアはエッジの効いたところも残したいので、そのさじ加減をまず探るっていうところですかね。センターにした時、センターはコード・カッティングというかリズム・プレイの時によく使うので、センターにした時に歯切れがよくてカッティングが気持ちよくできるようなところを微調整する感じです。

音作りに於いて重要な要素のひとつのピックアップですが、今日弾いていただいたのは、完全なヴィンテージ・タイプで、PAFと同じ構造のピックアップです。梶原さんの好きなタイプのハムバッキングは、どのようなものですか?
載せてるギターとの組み合わせの妙みたいなものもあるとは思うんですけど、まさに今回の音って僕の好みと言ってよいと思います。パワフルすぎず、乾いた感じと粘りの両方を持っている感じで。まあセッティングもよかったと思うのですけど、ほんとに「ニュアンスが伝わる良い音だなあ」と思って使ってました。


次は梶原さんのキャリア的なことに入っていきます。スタジオ・ワークのギタリストに憧れて東京に出てこられた?
そうですね。アマチュア時代、僕世代はハードロックの時代でロック・バンドをやっていたんですけど、ちょうどクロス・オーバーみたいなサウンドがワーッと出てきて、日本でもそういうサウンドが溢れだして。そんな中、スタジオ・ミュージシャンという職業っていうかミュージシャンのあり方があるっていうことを知って「目標にしたいな」って思い、東京に出てきたという感じです。

多くの方は、梶原さんってジャズ・ブルースですとかファンク/ソウル的なイメージがあると思いますが、実はBOWWOWのファンなんですよね?
そうです。山本恭司さんがいなかったら、今の僕はないと思います。

これまでこのシリーズに出ていただいた皆さんが口を揃えて「当時はメチャクチャ忙しくて、現場に来るまで誰の何の曲やるのかもわからなくて、どんな楽器を持っていけばよいのか、わからなかった」という話をされています。梶原さんの頃は?
僕が20代の後半ぐらいから40代前半ぐらいまでの20年間くらい、そのくらいがスタジオ・ワークが一番忙しかった時期だと記憶しています。基本はスタジオが1日2ヶ所で、それぞれに楽曲が2曲、ダビングもあって、更に午前中とか夜遅くに「空いている時間で来てくれ」って感じでした。自分は「来週とか来月のここを休みにする」って決めない限りは、ひたすらそんな感じでした。夜中までレコーディングして、次の日も午前中からなので、帰ってまた出てくるのもあれなんで、車の中で仮眠して次のスタジオに行くと、前日の夜中に一緒だった人がまたそこに集まっているみたいな、そんな感じでした。

それっていうのは、それだけ音楽の制作需要が高かった?それともミュージシャンの数が足りなかったのでしょうか。
どうでしょう。少なくともギタリストは人数的には十分に当時も存在したと思うのですが、圧倒的に人が集まってレコーディングをしなければならなかったっていうか。まだサンプリングとかコンピュータに頼るっていうのかな、そういうのよりも、実際に人が集まって人の力で制作していくっていうのが強い時代だったからだと思います。

事前に音源と譜面は渡されるのですか?
基本はないですね。作曲/アレンジャーの人が、「これは流石に当日じゃあ、大変なことになるだろうな」って予測したようなものはファックスで送られてきた。でも、そのファックスだと五線譜がガタガタになっていて、よくわからなかった。

そんな過酷な状況ですが、相手がほしいもの、求める演奏ができないと仕事って続いていかないですよね、次に。
そうですね。だから相手の要求に応えられたかどうかって、僕の方ではあまり確認できてなくて。「また呼んでくれたから多分大丈夫だったんだな」って想像するしかないんです。実際、スタジオに呼ばれて、譜面もらって、演奏して、「一回聞かせてください」って言ったら・・・「ウン?」って、ギターが既に入っていて・・・。まあ多分、他の人が一回レコーディングしたんだけど、“差し替え”って言って、僕がやり直す仕事だったんです。ほんとは前のギターを出しちゃいけないんですけど、エンジニアの人が間違えて出しちゃって。それを直す仕事だってことが発覚したんです。ということは、僕がそうされてた可能性も十分にあるだろうって(笑)。実際、スタジオ・ワークをはじめた頃に、アレンジャーの方が「こんな感じ、あんな感じ」って言ったことを僕がキャッチできなくて、なんか「うまくいかなかったな」って強く思った日があったのですが、そのアレンジャーの人から次に呼ばれるまで10年くらいかかりましたね。だから、悪い印象はなかなか払拭できないっていうか、そういう経験もありました。


ご自分でもおぼえていないのですよね、何曲参加して、何の音源残したかって?
そうですね、正確にはですね。ただ、さっき言ったようなペースで録音していて、映画とかドラマのサウンドトラックのレコーディングだと、譜面の数だけでいうと1日50枚。まあ短い曲もありますけど、そんな調子でやっていたので、長い短いを合わせたら、多分何万曲になるかもしれないです。

事前に譜面も音源もなくて、いざ現場へ行ってみた時に、全然ギターのことなんか考えていないキーってこともあり得るじゃないですか。
まさに!あります(笑)

それって慣れるものですか?
長年弾いていてずいぶん慣れたつもりですけど、でも未だになんか難しいなって思うキーはありますね。特にG♭(F#)、B、あたりのキーは、「どうやってもなかなか克服できないな」と今でも思っています。

今日、レスポールで弾いていただいた音源は、どこか80年代のハードロックとかヘヴィ・メタルのテイストというか、当時の感覚が入っているなと感じました。
そうですよね。はい。

やっぱり、ヴァン・ヘイレンが出てきて以降、音作りも機材も変わってきたと思うんですけれど。
うん、確かに。

そういう時代の変化、求められる音とか演奏の変化にプロとして、どのように対応していくのですか?
70年代終わり、80年代頭くらいから多分10年間・・・。もうちょっとかな、15年間くらいギター・サウンドが目まぐるしく変化したんですよ。スタジオ・ワークってこともあって、わかりやすいと、「誰々風の音がほしい」って直接言われちゃうこともあった。「だったらその人呼べば?」って言って帰った人がいるって話も聞きましたけど(笑)。

はい、はい、あの方ですね(笑)
僕はそれで自分の音作りのデータが増えるというか、「じゃ、その参考音源聞かせてください」って言って、聞いて、「その音がどうやったら自分の機材で出せるんだろう」みたいなことを楽しんでやっていました。何が良い音かっていうよりも「その曲が求めている音ってこういうことなんだな」って、仕事しながら勉強した気がして。それをやっている間に「自分の中心に置くべきサウンドは、こういうものなんじゃないかな」って固まっていったんです。機材もだんだんデジタル化していって、去年買った機材が今年はもう古くなってるみたいなことが続いていたので、何か買っちゃ売って、買っちゃ売ってってやってましたけど、それはそれで楽しんでもいました。

現時点でたどり着いたところっていうのが今日使われていたフラクタルのようなデジタル・アンプ。でも、もともと存在していたチューブ・アンプも今でも使われています。その使い分けっていうのは、どのような感覚でやっているのですか?
シミュレーション系のフラクタルに代表されるような、ああいうのも本当にここ数年で「使ってもいいな」って思える状態になった。フラクタルも一番はじめに出た時に、僕飛びついて研究したんですけど、現場で使うってところまで音を絞り込めなくて、自宅のデモ用の機材みたいになってたんです。かつて、僕もプリアンプやキャビネットを何種類も持ち歩いて、その曲の雰囲気を聞いてから車から下ろしていうことをやってましたけど、なかなか労力もメンテナンスも大変なので。それを思うとフラクタルの中に全部それがいてくれるって意味の便利さというか、特筆すべき便利さというか。なのでレコーディングの時にはフラクタルを使うことが多いです。コンサートでも大きな会場で、お客さんがPAのサウンドを聞いているような時には、フラクタルのようなものの方が。マイクだとカブリとかそういうのも含めて、PA側の音作りもなかなか大変なので。大きな会場の時にはシミュレーション系を使いますね。ただ100人、200人規模のライブハウスで、お客さんが生音を半分以上聞いている状態、PAがあるとしても、そういう時には実際にアンプから出ている音っていうのがすごく重要になる。だから100人、200人規模のライブハウスの時にはギター・アンプを使って、コンパクト・エフェクターでっていうスタイルです、今は。

今の話ですと、デジタルが現場で使えるレベルに進化してきて選択肢が増えた。ハコによっては、アンプ直の音が空気を通じて、お客さんの耳に届くほうが一体感が出やすいとか・・・。
そうですね、リアリティがあるというか。


梶原さんのキャリアに戻りますけど、今までのお仕事を拝見したところ、何か所かターニングポイントがありましたよね。まず渡辺貞夫さんのバックをやられたとか。でも、その時はジャズのバックボーンはなかったっていう。
そうなんですよ。僕もこの年になると恥ずかしいことはあまりないんですけど。例えば、ジャズ・スタンダードを家で練習したり、誰かとセッションくらいはありましたけど、コンサート・ホールでジャズ・スタンダードを演奏したっていうのは、渡辺さんのツアーに参加して初めてだった。ですので、貞夫さんのところのギタリストっていう話がきた時に、実は2回断っているんですよ。当時は松木恒秀さんもレギュラーでいたので、「松木さんがいる上に僕が行くっていうことが本当に必要なのか?」っていうのもあり、その時のメンバーを聞かされた時に、とてもじゃないけど平常心で演奏できるとは思えなかったのもあって。2回「ちょっと無理です」ってお断りしたんです。そしたら松木さんが僕がライヴしているところに遊びに来られて、「今度一緒にギターを弾く松木です」って言われて・・・、もう断る理由がなくなって。それでまあ、「いつでもクビにしてください」って言って貞夫さんのところに入ったんです。でも後々そのツアーの中で、ホテルの部屋とか楽屋に訪ねて行って、「最近の僕どうでしょうか?」ってたまに聞いていたんです。そうすると貞夫さんの言葉では「まぁ、俺の考えてるジャズとは違うんだけど、梶原のギターは楽しんでるよ」って言ってくれた。「そう言ってもらえるんだったら、がんばります」っていうので20年ぐらい続いたっていう。果たして貞夫さんのジャズに僕が貢献できていたのかってのは、よくわからないですけど、こっちが学ぶことのほうが山のようにあって。多分、貞夫さんはいわゆるジャズ・ギターってものじゃないところを楽しんでくれてたのかなって。僕の中のロックとかブルースとかファンクとか、あとジャズっていうもののミクスチャーみたいなものが出来上がっていったのは、貞夫さんとの経験がすごく大きいかなと思ってます。

それに松木さんですからね・・・。
そうなんですよ~。その話が来た時、僕27才だったんです。「ハイ」って言えないですよね、普通(笑)。

次は、これまたこだわりの職人、角松敏生さんで、そこには今剛さんがもう一人のギターでいるという・・・。
出会いとしては、角松敏生さんの方が貞夫さんに入るよりも前からあって。角松さんのツアーの時に、亡くなってしまいましたけど、浅野祥之さんっていうギタリストと出会って。そこが僕にとっては、すごく重要だったんですけど。角松さんがあって、貞夫さん、そしてまた角松さんのツアーに参加することになったら今度は今さんとツイン・ギターっていうんで・・・。でもそれは、とても嬉しかったですね。スタジオ・ミュージシャンを目指して東京に出てきた時から僕の憧れの存在で目標としてた方ですし。だけど、どこか今剛っていうギタリストは人生の同じ板に乗っていないような気がして。僕よりも何段か上の板に乗っている人のような気がしてた。だから、どこまで行っても横に並んだ気になっても、そっちの板には乗れない人だと思っていたので。だから同じステージに立てるっていう嬉しさのほうが強かったです。

怖くなかったですか?(笑)
いや、優しくしてくれたんですよ。多分、僕がビビっちゃいけないって、気を使ってもらったのかもしれないですけどね。まあ眼光鋭いんで・・・フフフ。

浅野さんの話は、もうちょっと後の年代になりますので後ほど触れます。その後90年代はCDがガンガン売れた時代じゃないですか。特に女性ボーカルもの、打ち込み系バック、そこにギターが入るってフォーマットが。その時にSPEEDに参加されましたよね。
当時SPEEDのアレンジャーとして大活躍していた水島君(水島康貴)、そして伊秩さん、で僕。それで1枚目のSPEEDのデビュー・アルバムですね。ギタリストは僕以外にも入ってたりするんですけど、2枚目以降は多分9割以上を僕が弾くことになったと思うんです。

今、改めてSPEEDを聞いてみますと、打ち込みのバックに生々しいギターのカッティングや歪んだソロの音が入ることで世界ができるというか、サウンドが広がるというか。ギターの存在がすごく大きい気がしますが、それはやはり意識的に、よりヒューマンぽい人間っぽさを出そうというか、演奏をより生々しいものにしようと狙っていたのですよね?
(SPEEDは)プロデューサーの伊秩さん、アレンジャーの水島くんが頭に描いているサウンドっていうのがまずあって、それを説明してもらう。当時プリプロ(事前作業)をしっかりするっていうことが割と定着してきた時期でもあったので、現場に入るとデモ音源があって、それを聞きながら「こんな感じ」っていうのを説明してもらうんですよ。それだったら僕としては、自分がその曲を演奏するんだったらこのギターでこんな音色で、例えばこんなリズム・パターンはどうだろうとか、バッキングの時も歪はウェットな歪がいいのか、乾いた歪がいいのかって僕のアイディアを出して、「こんなのもあるし、こんな考え方もあるし、この音色だったらこんな演奏になるし」っていうのを示して、向こうが「これで行こう!」って言ったら、その楽器とその音色で演奏内容を突き詰めていくっていうような・・・そんな感じでしたね。

先程の話とは、かなりレコーディング環境が変わりましたよね。現場に行くまで譜面も音源もない頃と比べると。その時代になってくると、現場でミュージシャン側から提案する土壌が出来てきた?
そうですね、アレンジャーのスタイルも変わってきましたよね。僕がスタジオ始めた頃は、パート譜を渡されることが多くて(ギター専門の)。ギターの譜面だけ見てると、他の楽器が何をするかっていう情報がない。デモ音源もないので、一回書かれていることをその通りに弾いてみるしかないんですよね。それで周りの音を聞いて初めて、「あ、自分はこういう役割なんだ」って思って、そこから音作りをやるんですけど、当時は短い時間で上げなきゃいけなかったので、「ハイ、このテイクOK」って言われたら、そこから先もうちょっとやりたくても、そこでストップ。OKが出て終わり。それに比べると、プリプロもちゃんとしていて、デモ音源もあって、デモ音源聞きながら説明されてって中でイメージを膨らませて、そこから初めて演奏に入るので、第一回目の演奏に入るところで、既に音楽的になれてたっていう意味では大きく違う気がします。

特にエレキギターはルールがないというか、自由度が高いというか。音色にしてもフレーズにしても、弾き手のセンスとか持っているもので、ものすごく仕上がりの世界が変わっていきますよね。
そうですね。だから、エレキギターっていう楽器、そしてエレキギターを弾くギタリストっていうのが、多分一番「その人が演奏してみないと結果がわからない」っていう最たる楽器のような気がするんです。だから、「誰かエレキギター弾ける人呼んで」っていう訳にはいかないっていうか、この楽曲だったら「どういうのが欲しいから、だからアノ人かアノ人」っていう風に絞り込まれていくと思うんです。どの楽器も個性的な人がいますけど、他の楽器は、そこまで幅はないような気がするんですよね。

SPEEDの後に浅野祥之さんとのユニットJ&Bですよね。それは気持ち的にインストの方に行ってみたくなったんですか、スタジオ系の仕事よりも。
そうですね。浅野さんとは、お互い「将来自分がリーダーの活動をするようになったら、お互いサポートしあおうね」って話はずいぶん前からしていて。しばらく会ってなかった時期があったんですけど、なんかのタイミングで隣のスタジオでレコーディングしてる浅野さんと会って、そこからまた急接近して「バンドやろう!」みたいなことになって。それがSPEEDの後半くらいかな。僕も自分のギター・スタイルとか、自分の音楽の核になるようなもの、自分の中心に置くべきものが“これだ”って、だんだんわかってきた頃だったので、「自分のバンドで活動したい」っていう風に合わせて思ってたってことです。

いろんなものの下準備が出来上がって、パズルが組み合わさったみたいな。
そんな感じですね。はい。

近年はレッスン動画やられてますよね。(梶原順の音楽室)
まさにこのコロナの中、何かしなきゃって感じで。

音楽学校の講師もやられてるんですね。
はい、そうですね。

気持ち的に次のギタリストを育てる方向にふれているということですよね。自分の持っているものを若い人にどんどん継承していこうっていう。
その気持はかなり強くて。自分自身が演奏したり作品を作ったり、著作していくってことも頑張らなきゃいけないと思っているんですけど、やっぱり僕っていうギタリストがある形になっていく過程で、渡辺貞夫さんを代表とする、他にも優秀な僕の仲間たちから学んだこと、自分の中でミックスしたこと、っていうのを自分のところで止めておいちゃいけないなと思って。それを後輩たちに伝えていくっていうか、教えるってよりも伝えるとかアドヴァイスするというか、なんかそれをやらなきゃなっていうのは「自分の役割なんじゃないかな」って強く思っています。

難しくないですか、生まれ育った環境が違えば、聴いてきたものも違う若い人たちに教えるのって。
そう、でも楽しいですよ、楽しいです本当に。色んな人がいて、いろんな考え方、あと思考があって。僕、割と人間好きなので、そういう色んな人と会うっていう、特に20歳前後の人達って、驚くほど変化するので。ちょっとした一言で、次の週には変化したりするので楽しいですね。

これは別に良い悪いの話ではなくて時代の違いで、今でしたらYouTubeで気になることを検索にかければミュージシャンも曲も即出てきて、更にそこから時代もジャンルもシームレスで広がりますよね。逆に梶原さんの時代であれば、レコード屋に行って「なんか新しいのないかな」って音楽を探していた。置かれている環境がまったく違いますよね。置かれている環境の違いでプレイヤーの育ち方とかスタイルって変わってきますか?
変わってくると思いますね。特に僕が感じるのは、頭の中の思考の順番とか、思考の回路の形成のされ方が多分違う。テクニックとかって割とフィジカルなことなので、どの世代にも指の速く動く人と動かない人はいるので、そういう差は多分そんなにはないのだと思います。ただ昔、あんな技こんな技がなかったっていうのを、新しい技が出てきてっていう、体操競技の技みたいなものだと思うんですけど。それはさておき、ある音楽を自分がギタリストとして参加して、その曲にエネルギーというかパワーを与える時に、どういう順番で考えるとか、思考回路が昔の人っていうか、アナログ時代とデジタル時代ではちょっと違うのかなってのは感じますね。

それを強みにすれば「良いプレイヤーに育つ」、「良い仕事ができる」って考え方ができますよね。
そうですね。その時代のプレイヤー、その時代の音っていうことなので。だから僕がデジタル世代と肩を並べて四苦八苦するよりは、僕は僕の時代の音を一生懸命やって、デジタル時代の人たちがそれを聴いて、「こういうのもいいよね」って思ってくれたらいいかなって思います。

最後の質問です。梶原さんにとって“理想のギブソン”、“こういうギブソンがあったらいいな”ってものは?今あるものでも構いませんし、あるものから、これとこれを組み合わせてみたいなことでも構いませんし、そういったものはありますか?
そうですね。今回レスポールと335を弾いて、改めて「ギブソンの定番の楽器の良さ」っていうものをすごく再認識したっていうか、とても素晴らしくて。もうちょっとフル・アコースティックのジャズ系の楽器だとかSGとかっていう、そのギブソンの定番の楽器っていうものを、もう一度ちゃんと弾いていきたいなって強く思いましたね。この定番の力ってすごくて、例えばギブソンにこんな感じのギターを開発してほしいっていうよりは、もうここをひたすら深めてもらいたいなっていう、そっちの方が僕は楽しみだなって思いました。

収録を終えて

栗田隆志 Gibson Japan

静と動のいずれかと言えば静。でも、内に秘めた強い芯が少ない口数からでもわかる。それが梶原さんの第一印象です。収録は、テーマ部でさえアドリブを交えつつ、毎回異なるフレーズを弾きながらも最短時間で終えてしまう高効率なものでした。インタビューも、ほとんど編集の必要がないほど正確かつ的を射たシンプルな回答が即答で戻ってきました。これまでお会いしたトップ・プロの皆さんに共通するのは、“相手の欲しいものを即座に理解する”という一言に尽きます。当然、そのスキルを磨くためには、想像力を駆使して深く思考する習慣をつける以外にありません。演奏技術はもちろんですが、こういったメンタリティの部分も一流の仕事の流儀には必要なのです。

仕事の依頼が絶えないプロとは、“仕上がりが求められたレベルを超える”が、まずありきで、さらに人間性においても“この人に頼みたい”と思わせる誠実さと信頼感を備えているのだとつくづく思い知らせれます。「これまで何曲のレコーディングに参加したのか自分でもわからない、おそらくは何万曲という単位ではないか?」という本人談にも合点がいきます。

今回の企画が決まり、梶原さん参加の音源を聴く中で、特に衝撃を受けたのは、SPEEDのWhite Loveのガットギターによるソロでした。そのメロディ、サウンド、スピード感のいずれも秀逸であり、スリリングなプレイが楽曲に入ることで生じているケミストリーにしびれました。当時リアルタイムで聴いていた頃は、4人の歌とダンスばかりに目と耳がいっていましたが・・・。

業界屈指のファースト・コールでありながら、「山本恭司さんがいなかったら今の自分はなかった」と公言し、「今剛さんは憧れであり、同じ舞台に立てるとは思わなかった」と言い切る飾らない人柄、そして自らが与えられたものを次世代に伝えていく活動に尽力する梶原さんのヒューマニスティックな部分にも強く感銘を受けました。

Product 使用ギターの仕様と特徴

1959 ES-335 REISSUEMURPHY LAB ULTRA LIGHT AGED

1958年に登場したES-335は、戦後ギブソンの主軸になりつつあったエレクトリック・アーチトップと、初のソリッド・ギターとして1952年に誕生したレスポールを橋渡しするモデルである。当時レスポールは新しいエレクトリック・ギターとして人気を博していたが、トーンと弾き心地は従来のアーチトップとはかなり違っていた。一方で、従来のアーチトップと同じボディ幅ながら厚みを浅くしたスィンライン・アーチトップを発売していたギブソンでは、それを更に発展させることで独自のセミ・アコースティック・ギターを生み出した。

ES-335は、左右対称のダブル・カッタウェイ、そしてネック/ボディのジョイントを19フレット位置にすることで、最終22フレットまでを無理なく使うことができる高い操作性を実現している。他社に先行したダブル・カッタウェイ・デザインは、その後レスポール・ジュニア/スペシャル、そしてSGへと受け継がれてゆくことになる。また、表裏にアーチ加工が施されたボディ材には硬いメイプル板の間に柔らかなポプラ材を挟み込んで作られた独自のプライウッド材が使われ、これがギターのトーンに独自のコンプレッション感を加えている。16インチ幅のボディは、フル・ディプス・アーチトップの約半分ほどに抑えられ、ボディ内部の中央には表裏を繋ぐメイプル・ブロックをセット。そこにブリッジ/テイルピース、ピックアップ・リングといった主要パーツが取りつけられている。

初期型となる1959年のスペックに基づいた1959 ES-335は、ドット・ポジションマーク、バウンド加工されたローズウッド・フィンガーボード、そして厚みのある滑らかなラウンド・グリップが再現されている。また、同年から採用された約2.5ミリ幅のワイド・フレットが使われている。カッタウェイ・ホーンの先端が丸みを帯びた初期型ボディ内には、最もタイトに加工されたドリルド・メイプル・ブロックが内蔵されている。チューン "O" マティック・ブリッジ/ストップ・バー・テイルピース等、レスポールとも共通したハードウェア類が搭載されているのも特徴となる。初期型ハムバッカーをカスタムショップで再現したカスタムバッカーでは、経年変化をも加味したアルニコ 3・マグネットを採用し、オリジナルと同じアンポッティング仕様にすることで、よりアコースティックな倍音構成を実現している。

マーフィーラボでは成分に拘って作られた専用のラッカーが使われており、このギターには4段階用意された経年変化処理の中で最も軽いウルトラ・ライト・エイジド加工が施されている。1958年に発売されたES-335にはサンバーストとナチュラル・ブロンド・フィニッシュが用意されたが、ナチュラルは1960年にチェリーと入れ替えらたことで、この間の出荷台数は209本にとどまった。

1958 LES PAUL STANDARDMURPHY LAB LIGHT AGED

1952年にギブソン初のソリッド・ギターとして発売されたレスポール・モデルは、幾度となく進化していった。当初はゴールド・トップ・フィニッシュ、P-90ピックアップ仕様だったレスポールが完成形ともいえるサンバースト・モデルになったのは1958年半ば。ボディ・トップには鮮やかなチェリー・サンバーストが施されたが、現存するヴィンテージ・ギターでは一本ごとに異なる色合いへと経年変化している。そして、この時期に採用されたアニリン・ダイを使ったチェリー・フィニッシュが、ネック及びボディ・バックに使用されている。サンバースト・レスポールには、前年に市場投入されたPAFの呼び名で知られるハムバッキング・ピックアップが搭載されたことで、ヴィンテージ・ギターの頂点ともいえる圧倒的なトーンと存在感を手に入れることになった。

1958-60年にかけて作られたサンバースト・レスポールには、各年ごとの特徴が見受けられる。マーフィーラボによって製作された1958年モデルでは、この時期の特徴となる約2.0ミリ幅のナロウ・フレットが使われ、チャンキー Cシェイプと名づけられた最も肉厚のあるファットなラウンド・グリップに仕上げられている。ヘッドストック・フェイスには、オリジナル同様の厚みに加工/塗装されたホリーウッド・ベニアの中にホワイト・パールを使ったスクリプト・ロゴがインレイされ、その下にはレス・ポール本人のサインがゴールド塗料を使ってシルクプリントされている。派手さを抑えた良質なプレイン・メイプルを配したボディ・トップには、実際のヴィンテージ・ギターから緻密に3D計測されたアーチ形状が復元され、背面のマホガニーは前後の厚みを僅かに変化させた専用のスペックに加工されている。また、トラスロッド・カバー、セレクタ・チップ、マウント・リング、ピックガード、そしてコントール・ノブといった細部パーツに加えて、トーンへの影響も大きいチューン "O" マティック・ブリッジ/ストップ・バー・テイルピースといったハードウェア類も素材/形状にこだわり抜いて作られたカスタムショップ製のものが使われている。初期型のハムバッキング・ピックアップを復刻したカスタムバッカーでは、個体差の大きいヴィンテージ・ハムバッカーの中でも、強さと豊かな表情が立体的な音像とともに再現されている。

マーフィーラボを象徴するのがエイジド加工が施されたフィニッシュ。ラボ専用に用意されたラッカーを使い、カラーやラッカー特有の細かなヒビ、使い込んだ様子を再現するために4段階の経年処理が用意されており、このギターには2段階目となるライト・エイジド加工が施されている。

文:關野淳
大手楽器店、リペア・ショップを経て、現在は楽器誌、音楽誌で豊富な知見に基づく執筆を行うヴィンテージ・エキスパート&ライター。


プロダクト・テクニシャンによるコメント

福嶋優太 Gibson Japan

プロギタリストが、音色と演奏性に多大な影響を及ぼす調整に重きを置くことは当然ですが、その調整内容は人それぞれ異なります。具体的には、今さんの場合はレスポールの弦高をかなり上げた状態で演奏しましたが、小倉さん、鳥山さんは可能な限り弦高低めというリクエストでしたし、今回の梶原さんは出荷基準そのままで問題ないとのことでした。後半ではTHE ART OF STRINGSに出演されるギタリストの皆さんのために収録前に行っている調整に触れますが、その前に先ず基本となるギブソンの出荷基準のおさらいをしておきます。理由は、収録用の調整に入る前に、先ずは出荷基準の状態で全ポジションを演奏して確認しているためです。


使用弦
カスタムショップ製品の出荷時の弦は、10・13・17・26・36・46です。弦は劣化するとピッチが不安定になり、チューニングが狂いやすくなりますので定期的に交換してください。その際には弦の巻き方に注意してください。チューニングが狂いやすい原因のほとんどは、ペグポストの部分に弦が正しく巻かれていない、または弦のストレッチが足りない場合です。新しい弦はチューニングが落ち着くまでしっかり伸ばしてください。


ネックの反りについて
ネックに反りがあるとビビりや音詰まりが生じます。ネックの状態を正確に判断するには経験が必要ですが、誰でも簡単に行える方法があります。先ずチューニングしてください。そして左手の人差し指で1フレットを、右手の小指で16フレットを押さえたまま、右手の人差し指で7フレットに触れてみます。弦とフレットの間にわずかな隙間(約0.2mm)があって弦が動く状態が出荷基準です。6弦と1弦の両方で行ってください。隙間がなくて7フレットと弦が密着していると、7フレット以下でビビりが発生するネックの逆反りが生じている可能性があります。逆に隙間が多いと、7フレットより上のポジションの弦高が高くて弾きにく順反りが生じている可能性があります。どちらの場合も、楽器本来の弾き心地が得られませんので、トラスロッドによる調整が必要です。これを放置して長く反った状態にしていると修理の際に大きな出費につながるので、弦交換のタイミングでこまめにチェックしてください。


ブリッジ
ネックの次はブリッジの高さを調整します。多くの場合、弦高が高くなったと感じるとブリッジを下げてしまいがちですが、順番としては先ずはネックの調整です。ブリッジによる弦高調整は、12フレットの頂点と弦の底面の間隔で行います。この間隔を1弦側で約1.2mm、6弦側で約2㎜に調整します。


調整作業は弾きながら
以上は、弾きながら確認することが重要です。多用するポジションだけではなく、全ての弦ごとに各フレット、ポジションを押さえて1音ごとに確認するとコンディションの変化にすぐ気付くことができます。


オクターブ調整
皆さんも経験があるかもしれませんが、友人から借りたギターを演奏した時に、自分はチューニングがおかしい気がするが、所有者が弾くと問題ないといったことがあります。このようにオクターブ調整は、演奏者の弦の押さえ方、弦高、フレットの間の押さえる位置、プレイスタイルに合わせて調整する必要がありますので、演奏者自身で調整してください。エレクトリック・ギターの場合は、できればストロボチューナーなどの高性能なチューナーで合わせることをお勧めします。オクターブ調整で重要なのは0フレット(開放弦)と12フレットを押さえた時の音程の差をできるかぎり少なくする事です。


収録時のセットアップについて
ここで今回の本題ですが、誰でも楽しく運転できる市販車の乗り出しの状態と、ある特定のドライバーがレースで高いパフォーマンスを発揮するためのセッティングが異なるように、ギターも出荷基準と特定の演奏者がレコーディングで高いパフォーマンスを発揮するセッティングは異なります。THE ART OF STRINGSにおいては、あらかじめ出演者の動画や音源を聴きこんで、弾き方や音の傾向を把握した上で、事前に頂いている調整リクエストに近づけるために「必要なことは何か、そのためには何をすべきか」を考えます。特定の演奏者に特化した調整については別の機会として、今回はベーシックに行う作業を項目ごとに説明します。


ネックと弦高
収録の際には、ネックをストレートにというリクエストが多いので、その場合はよりシビアな調整となります。弦高が低くてもビビりや音詰まりが極力出ないように調整します。弦高を高くするのは現場でブリッジを調整することで対応できますが、低くする場合は他箇所と干渉して不具合が生じる可能性があるためです。必ず行うことは、フレットを丁寧に磨き、滑らかなチョーキングができるようにする、指板も同様に念入りに磨き、レモンオイルで仕上げて滑らかにスライドできるようにします。


ブリッジ・サドル(駒)
指板には12インチR(約305R)のカーブがついていますが、多様なプレイが求められる現代の音楽では、ハイポジションのカーブをやや緩くすることで、ハイポジションでチョーキングする際の音詰まりを軽減させます。このためブリッジ・サドル(駒)の溝切りは、12インチのRよりやや緩やかなカーブとなるようにゲージで計測しながら調整します。


オクターブ
THE ART OF STRINGSを細かいところまで視ている方であれば気付くかもしれませんが、ABR-1ブリッジの駒が全体的にネック側に前寄りになっています。弦高を低くして弦とフレットが近くなると弦を押さえた時の音程の変化が少なくなるためです。


テイルピース
諸説ありますが、THE ART OF STRINGSでは、指定がない限りはテイルピースをやや上げた状態でセッティングします。これには理由があり、テンション感を変えて滑らかなチョーキング、サステインを得る、またチューニングの狂いを軽減させるためです。レスポールやESをお持ちの方は、是非試してみてください。ただしテイルピースを上げすぎるとブリッジ・サドル(駒)とナットに掛かるテンションがなくなり、弦が溝から外れることがあるので注意が必要です。チョーキングの時に指の引っ掛かりが気になる方はベタ付け(最も下げた状態)でもかまいません。


ピックアップ
ハムバッキング・ピックアップには、各弦の音量をマイナス・ドライバーで簡単に調整できるポールピースが付いています。収録用ギターで意識していることは、できる限りプレーン弦でのソロの際に音が細くなったり、すぐに減衰したりしないようにすることです。逆に巻き弦の音が強く出すぎている場合は、ピックアップの吊りビス側で下げてから、さらにポールピースでも下げるようにします。ポイントは各弦の音量を揃える事です。これはコードを弾いた際にバランスの良いサウンドが得られるという効果をもたらしてくれます。この調整は、カスタムバッカーの様なエナメル・コーティング・コイルのピックアップで特に効果を得やすいようです。