【連載】Gibson CustomとHistoric Reissueの軌跡 (第3回)
第三回
マーフィーの回想と日本市場向けモデルの勃興
話を前回のカスタム・ショップからヒストリック・リイシューに戻します。
「リイシューの再現度を高めることがビジネスになるということを会社の中枢に理解してもらう必要がありました」とマーフィーは回想します。時は1992年、現行モデルの“レス・ポール”の生産、販売に注力する当時のマネジメントと、米国の大手ディーラーによるカスタム・オーダーの内容から、高まるヴィンテージ・レス・ポール・レプリカの需要を肌で感じていたマーフィーとの認識の乖離がうかがい知れます。それでは少し長くなりますが、ヴィンテージを知るディーラー、ファンをターゲットとして、未だかつてない精巧なレプリカを製作するために最前線で指揮を執ったトム・マーフィーの言葉をそのまま引用してみましょう。
ヘッド、ネック、ボディそれぞれのシェイプに加えて、ネック・ジョイント、ボディ内の配線用のチャネル、バックポケットのルーティング等の外からは見えない構造部分、ヘッドの突板とシルクスクリーンロゴなど、すべてを1959年製のレス・ポールと同じにしたかったのです。目指したのはオリジナルのオーナーが、ブラインド・テストで比べても違いがわからないリイシューです。地元のディーラー、コレクターから借りた1959年製を計測して、集めたデータの平均値を出しました。マシュー・クライン、リン・マシュー、J.Tリボロフ、キース・ミッドリーらエンジニアリングチームの尽力によって、1993年1月のNAMMショーでプロトタイプを披露することができました。ルックスだけではなく、構造までヴィンテージを再現した初のレプリカです。ディーラーやファンが絶賛してくれましたので確かな手ごたえを得ました。問題は、それまでのモデルでは行っていなかった特殊な工程が多く、ヒストリック・コレクションのラインはレギュラー・プロダクションと分ける必要があったので、同年の秋には近隣に別のファクトリーが用意されました。そこでリック・ゲンバ―、マイク・マクガイアの下で設立されたのが、カスタム、アート&ヒストリック部門(カスタム・ショップ)です。プロダクション初期のレス・ポールの多くは私がペイントしました。ゴールドトップは、1980年代前半のギブソンの青みのあるゴールドが私の好みでしたので、過去のエンジニアリングノートを手繰って、その頃に使われていたパウダーを突き止めました。ヘッドのシルクスクリーンロゴも同じパウダーを使用して、しばらくは自分でやっていました。そもそも言い出したのは私ですから(笑)。生産現場のワーカー達は「これじゃヘッドにバフをかけて磨いたら消えてしまうから、上にクリアを吹かなくちゃ」と言っていましたが、ヴィンテージと同じにするために「上に塗装はなし!」と言い続けましたよ。私はルシアーではないため自分で一からギターを作ることはできませんので、すべての工程の担当者に「これから皆さんが作る新しいギターはヴィンテージのレプリカなので、これまでとは違う作業になります」と丁寧に説明して、それぞれの仕上がりを確認していくプロデューサー的な立場でした。
マーフィーらの尽力により、エポックメイキングとなったヒストリック・コレクション1959 Les Paulは、その再現度、完成度の高さからアメリカ本国で市場を席巻、現在のようにインターネットが普及し、一人1台スマートフォンを持つ前の究極の情報伝達手段、文字通り口から口へと伝わる真の口コミにより日本でも期待が高まり、1995年には国内流通も軌道に乗り始めます。生産を軌道に乗せた後の1994年11月、マーフィーは、地元のイリノイでリペアとレストアに専念する自身の会社を立ち上げるためにギブソンから離れました。“エイジド”というテクニックを完成させて、再びギブソンと懇親な関係となるまでには数年待つことになります。
一方日本では、1996年は輸入代理店の企画によりYCSとしてシリーズ化された、Les Paul Reissue ’58 Figured Top DJ Lemon Burst、1957 Les Paul Custom DJ 1pc Mahoganyなど、ディープジョイント(LONG NECK TENON)を積極的に採用したヴィンテージ・ファン向けのオリジナル・オーダー・モデルが続々と登場するリマーカブルな年となり、精力的なプロモーションが展開されました。まだインターネットが本格普及する前の唯一の情報源であった雑誌、ムック等の特集で取り上げられたことで勢いは増し続け、ここが日本においてローカルの嗜好、こだわりを反映させた日本市場向けモデルを主軸としたビジネススキームができあがる分水嶺となりました。
THE HISTORIC COLLECTIONカタログ (1994)
Silkscreen
ギブソンについて
ギターブランドとして世界でアイコン的な存在であるギブソン・ブランズは、創業から120年以上にわたり、ジャンルを越え、何世代にもわたるミュージシャン達や音楽愛好家のサウンドを形作ってきました。1894年に設立され、テネシー州ナッシュヴィルに本社を置き、モンタナ州ボーズマンにアコースティックギターの工場を持つギブソン・ブランズは、ワールドクラスのクラフツマンシップ、伝説的な音楽パートナーシップ、楽器業界の中でもこれまで他の追随を許さない先進的な製品を生み出してきました。ギブソン・ブランズのポートフォリオには、ナンバーワンギターブランドであるギブソンをはじめ、エピフォン、クレイマー、スタインバーガー、ギブソン・プロオーディオのKRK システムなど、最も愛され、有名な音楽ブランドの多くが含まれています。ギブソン・ブランズは、何世代にもわたって音楽愛好家がギブソン・ブランズによって形作られた音楽を体験し続けることができるように、品質、革新、卓越したサウンドを実現していきます。