LEGACY OF J-45 PART 1 : 80年にわたり愛され続けるJ-45の軌跡

1942年の発売から80年にわたり、世界中のプレイヤーたちを支え続けてきた、J-45。時を超えて愛され続けるギブソン・アコースティックのフラッグシップ・モデルの魅力を紐解いていきましょう。

文・写真:菊池真平

  

シンガーソングライターが愛して止まないJ-45

  

 “ワークホース(頼れる馬車馬)”とも評されるギブソンJ-45は、世界中のミュージシャンによって数々のライブやレコーディングで使われ続けてきました。その輝かしい歴史は1942年に始まり、今年2022年で80周年を迎えます。この長い歴史の中で、時代に合わせた細かな仕様変更が行なわれてきましたが、現在もトップミュージシャンや音にこだわるエンジニアから絶賛され、愛されています。なぜJ-45は、これだけ多くの支持を集めるロングセラーモデルとなったのでしょうか? その秘密を少しだけ紐解いていきたいと思います。

  
  

 J-45はバディ・ホリー、ボブ・ディラン、ドノヴァン・フィリップス・レイチ、ジョン・レノンなど数々のレジェンド・ミュージシャンから愛され、ステージやレコーディングスタジオで使われてきました。日本でも吉田拓郎を筆頭に多くのトップミュージシャンが手にしており、奥田民生や斉藤和義のシグネチャー・モデル(Tamio Okuda J-45、Kazuyoshi Saito J-45 ADJ 2020 Edition)も発売されました。そして近年では、あいみょんや星野源といったヒットチャートを賑わすシンガーソングライターもJ-45を愛用しています。彼らは大きなステージでライブを行なう際も、絶大な信頼を置くJ-45と共に数々の名演を創りあげてきました。
 ここでお気付きの方も多いと思いますが、J-45は特に“ギターを弾きながら歌う”ミュージシャンが愛して止まないモデルなのです。それはプロだけではありません。楽器店のスタッフに話を聞くと、J-45は男女問わず弾き語りをするプレイヤーに人気があるといいます。もちろん、バンド・アンサンブルの中で活用しているミュージシャンも数多くいます。そのため幅広いユーザーにとって使いやすいような仕様が考えられており、常にユーザー目線に立ちバージョンアップしていることは、J-45がロングセラーを続ける大きな理由のひとつでもあるのです。

 

さまざまなミュージシャンと共に数多の音楽を創造した名器

 

 16インチ・サイズのマホガニー・ボディで作られたJ-45は、ギブソンのジャンボ・シリーズの1機種として1942年に誕生します。現在“ラウンド・ショルダー”と呼ばれる“なで肩”のボディ・デザインもJ-45ならではの特徴と言えるでしょう。
 ギブソンにとって初のラウンド・ショルダー・ボディのモデルが登場するのは、ハワイアン・ミュージックが世界で流行し、ラップ・スティール・ギターが数多く作られていた1929年まで遡ります。この形状が最初に採用されたのは、“ハワイアン・ギブソン”と呼ばれるフラットトップ・ギター“HG-24”です。このモデルのボディ・シェイプが好評だったため、スパニッシュ・スタイルの“Jumbo”へと引き継がれました。
1934年、ギブソンは当時最大のボディサイズとなる16インチ・ボディ幅の“Jumbo”を発売。このモデルにラウンド・ショルダーのシェイプが採用され、のちのJシリーズの前身となりました。1931年にマーティン社がドレッドノート・ボディを発表したことで、フラットトップに対して大きな音量を求めるニーズが高まりました。そのニーズに応えてギブソンが生み出したオリジナル・ボディこそ“Jumbo”なのです。
 ギブソンはここで開発の手を止めず、1937年にはより大型の16 7/8インチ・ボディ幅を採用した“Super Jumbo(SJ-200)”のプロトタイプを製作し、翌年1938年に市場に投入します。Jシリーズへと受け継がれた16インチ幅のJumboのデザインよりも丸みを帯び、ふくよかなこのボディ・シェイプは、スーパー・ジャンボ・ボディと呼ばれるようになっていきます。
 そのためJumboのシェイプを受け継いだJシリーズは、ラウンド・ショルダー・ボディと呼ばれ、区別されるようになっていきました。現在では、どちらも現行で使用されているギブソンを代表するオリジナル・シェイプとなっています。

  
▲J-45の特徴である“なで肩”スタイルのラウンド・ショルダー
  

 Jumboから始まったJシリーズは、徐々に仕様変更やモデル・バリエーションを増やしながら発展していきます。そしてついにJ-45の前身モデルと言える “J-35”が1936年に誕生します。このモデルは、その名前が示すとおり当時35ドルで発売されました。ちなみにJ-45も発売当初の価格は45ドル。その当時はモデル名がそのまま価格を表わしていたのです。

 

 J-35は、世界恐慌期において、上位機種であるアドバンスト・ジャンボ(80ドル)と比べて、より広いユーザーに訴求するために買い求めやすい価格で販売されました。ギブソン伝統の深みのあるサンバースト・フィニッシュが施された16インチ・サイズのボディはスプルース・トップ、マホガニー・サイド&バックという組み合わせで作られ、指板とブリッジはローズウッド。1939年にはナチュラル・フィニッシュが登場し、のちのJ-50へとつながっていきます。

   

 そして1942年になるとJ-35の後を継ぐ形で、80年もの長きに渡り愛され続ける名器“J-45”が誕生しました。1942年と言えば、まだ第二次世界大戦の真っ只中。世界が混乱し、物資が不足していた時代です。そのような状況の中で生まれたJ-45は、J-35と同じ16インチのボディが採用され、スプルース・トップ、マホガニー・サイド&バックという仕様で作られました。しかし戦争による物資不足の影響で、ギブソンのテッド・マクヒューが1920年代に開発し、1923年に特許を取得したアジャスタブル・トラスロッドがないモデル、トップにマホガニーが使われたものやサイド&バックにメイプルを採用した個体も作られました。これらのイレギュラーなJ-45は、今となってはマニア心をくすぐる幻のコレクターズ・アイテムとなっています。戦時中という激動の時代を乗り越え、J-45は多くのミュージシャンと共に数多の名曲を創造し、時代の空気をとらえながら変化・成長を遂げていきます。

  
▲1942年製J-45
  

 1940年代初期のJ-45には、J-35の作りを色濃く残したスキャロップト・ブレイシングが施されていました。きらびやかな倍音が特徴で、レンジの広い繊細な鳴りが魅力の個体が多くあります。これはおそらく、現在J-45のイメージとして定着したワイルドなサウンドとは少し趣が異なっているかもしません。ナット幅も1940年代は約44~46mm程度と幅が広く、ベースボールバットと呼ばれるような太いネックの個体が多いですが、1950年代に入るとナット幅は約42~43mmと狭くなり、ネック・グリップも丸みを帯びたシェイプを残しつつ標準的な仕様になっていきます。
 また当時はレクタンギュラー・ブリッジベースと呼ばれる長方形のブリッジが特徴で、ロング・サドルが組み合わされていました。1949年頃からはベリーアップと呼ばれるデザインが採用され、1953年頃からはショート・サドルとなります。さらにサウンドホールに施された白いロゼッタも、1945年には7層から3層へと変更され、徐々に現行モデルに近いルックスへと変化していきました。ちなみにロゼッタは、62年途中から内側が7層、外側が3層の2リングとなっています。

  
▲1942年製J-45のヘッド部分
  
  
▲1942年製J-45のサウンドホール周りの7層リング
  

 1950年代中頃からは、ミッド・レンジの力強さが際立つワイルドなサウンドへと変貌していきます。これはブレーシングがノン・スキャロップトへ変更されたことが大きな理由として挙げられます。ちなみにギブソンのXブレーシングは、時代にもよりますが、比較的サウンドホールに近い位置にXブレイスの交点が配置されている点が特徴と言え、個性的なサウンドを生み出す要因となっています。

 

 1955年にはフレット数が19から20フレットへと変更されました。さらに1956年からは、ギブソン・オリジナルのアジャスタブル・ブリッジがオプションで登場します。このアジャスタブル・ブリッジは、サドル両脇のネジを回すことでサドルの高さを変えることが可能で、サドルを削ることなく弦高を調整できる画期的なシステムでした。つまり熟練のリペアマンでなくても、容易に弦高調整ができるようになったのです。そしてこのブリッジ・システムは、ギターのサウンドにも変化をもたらしました。

 

 フラット・ピックでコードを力強くストロークした際、ジャキジャキと歯切れ良く鳴る音色はギブソンならではと言え、その傾向は通常のブリッジよりもアジャスタブル・ブリッジのほうが強くなります。特にアジャスタブル・サドルの材質がセラミックの場合、より顕著に表われると言えるでしょう。その音色を好むアーティストも多くいます。ちなみにサドルの素材に関しては、1965年頃からローズウッドも使われるようになりました。鋳型で成型されるセラミック材に比べて、木材ならではのウォームなサウンドの傾向が特徴です。このローズウッド製のアジャスタブル・サドルが搭載されたJ-45を手にして、1972年に名作『元気です。』を世に送り出したのが吉田拓郎です。

  
▲アジャスタブル・ブリッジ付き1957年製J-45
  

 1960年代にもさまざまな仕様の変遷がありました。中でも大きな変更点は、1965年頃からヘッドの角度が約14度(1965年以前は約17度)、そしてナット幅が約39mmになったことです。この細いネックは、現在“ナロー・ネック”と呼ばれています。このネック・グリップはバレーコードを押さえやすく、特に日本のシンガーに好まれる傾向があります。この60年代後半のJ-45は、先述した吉田拓郎のみならず斉藤和義、秦基博など、弾き語りのスタイルを基本としたシンガーが愛用しています。
 そしてフォークブームが大きな盛り上がりをみせた1968年途中からは、ブリッジがベリーダウンと呼ばれるオーソドックスなスタイルとなり、翌年の後半からは伝統のシェイプであるラウンド・ショルダーがスクエア・ショルダーへと変更されました。ハードロックやヘヴィメタルがブームとなる1970年代後半~1980年代、シンセサイザーが登場する1980年代は、各社ともアコースティックギターの需要が陰りますが、1990年にはラウンド・ショルダーのJ-45が復活、近年はリアルなヴィンテージ・リイシューが作られるなど、現在、J-45はアコースティックギターを代表する名モデルとして広く知られています。

  
▲ダウンベリー・ブリッジ仕様の1969年製J-45
  

“ワークホース”と呼ばれる驚くべき耐久性の高さ

  

 “なぜJ-45はこれほどまでに人気が高いのか?”──その理由として、まず挙げられるのが“音質”です。年代ごとに違いはありますが、ミッドからハイ・ミッドに特徴があり、まとまりのあるサウンドはJ-45ならではと言えます。倍音感が広がり過ぎることもありません。そのため男女問わず、シンガーが歌いやすいと感じるレンジ感があります。またフラット・ピックで強く弾いても音が潰れ過ぎず、ジャキジャキと歯切れの良いカッティング・サウンドが得られます。これもJ-45ならではの特徴と言えるでしょう。さらにバンドマンやエンジニアからは、“音が適度に滲んでくれる点が使いやすい”という声もよく耳にします。あまりにも音がクリア過ぎると、アンサンブルで他の楽器と演奏した際やレコーディングのミックス時に音馴染みが悪くなり、使い辛くなってしまうためです。この絶妙な音のバランスが、多くの人を惹きつける要因ではないでしょうか。
 またギブソンの伝統的なサンバースト・フィニッシュの色味や弾き込むほど風格が増す“ルックス”も大きな魅力です。もちろんラウンド・ショルダーの愛らしいボディ・シェイプも抱えやすく、ギブソンのアイデンティティのひとつと言えるでしょう。さらに“ギブソン・スケール”と呼ばれる24.75インチの短いスケール、握りやすいグリップ形状が、快適な演奏性を生みます。これも人気の理由です。

  
▲J-45の美しい“ヴィンテージ・サンバースト”フィニッシュ
  

 そしてJ-45最大の魅力と言えるのが、“ワークホース”という異名の所以にもなった驚くべき“耐久性の高さ”です。シビアな調整が必要なアコースティックギターですが、トッププロの過酷なツアーやレコーディングで酷使されても耐えるだけのタフさがJ-45にはあります。それは長い歴史の中で証明され、多くのアーティストがJ-45を選ぶ大きな理由にもなっているのです。
 シンプルかつ飽きのこないJ-45は、いつの時代もマスターピースのひとつとして、これから先の未来も愛され続けていくことでしょう。

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