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ロックンロールの歴史の中で、Gibson Les Paulほどに重要で大きな役割を果たしてきたエレクトリック・ギターは存在しないでしょう。豊かなサスティン、特徴的なトーン、完璧なプレイヤビリティを兼ね備えるLes Paulは、ロックギターの偉大なリフを創造したプレイヤー、革新的なプレイヤー、そして偉大なソロイスト達にとって、いつでも定番のチョイスだったのです。2018年モデルでのLes Paulのラインアップは、コンテンポラリー志向のプレイヤー達のご要望を満たすように多くの進化した仕様をご用意しながらも、歴史から目を離さないようにすることで、これまでの伝統を未来に推し進めています。以下では、順不同で、Les Paulが切っても切り離せない相棒となっていた10人の偉大なロック・ギタリストの横顔に触れていきます。

 

Randy Rhoads

1979年、Ozzy OsbourneのBlizzard of Ozz bandへの加入時、若干22歳であったRandy Rhoadsは、その時点で既に、クラシック音楽にインスパイアされたギターリフの達人であり、そのリフはメタル・ギターの枠組みに完璧にフィットしていました。美しい白いLes Paul Customを抱きながらローズは、“Crazy Train”や“Mr. Crowley”のような楽曲に本能的で直感的な熱狂を注ぎこみました。彼が亡くなった時、それは1982年の飛行機事故という突然の悲劇だったのですが、若き巨匠がクラシック音楽とジャズの両方に深く関心を示し探求していた矢先のことでした。

 

Mick Taylor

ローリング・ストーンズのファンに訊いてみてください。1969年~1974年頃のミック・テイラー在籍時のストーンズがあらゆる意味においてバンドとしてベストだった、という見方に異論のある向きはほとんどいないでしょう。ブライアン・ジョーンズの後釜でストーンズに加入した時、まだ若干20歳でした。ミック・テイラーはストーンズ加入後、即座に、キース・リチャーズの掻き鳴らすリズムギターを引き立てる完璧なリードソロ奏者であることを証明してみせました。“ミックの演奏にはすべてが備わっていたよ”とキース・リチャーズは伝記に記し、こう付け加えています。“メロディックなニュアンス、美しいサスティン、そして曲の解釈も何もかもね” Les Paul Standardが彼のチョイスだったのだ、と知ってもそれほど驚かないですね。

 

Paul Kossoff

一般的なロックファンからすると、ポール・コゾフといえば主にFreeのクラシック・ロックの定番曲、“All Right Now”でのギタープレイヤー、という印象でしょう。ところが、ロックギター演奏の修行をしている身からすれば、ポール・コゾフこそ正しくブルース・ロックのパイオニア的存在であり、ぴんと張り詰めたメロディックなソロ、この上なく美しいヴィブラート、ぞくぞくするような潔いリフなど、間違いなく達人の域と評価するでしょう。あの有名な‘59 Les Paul Standardをプレイすることで、後のジョー・ペリーやスラッシュのようなプレイヤー達にとってのお手本となるものをコゾフは確立してきました。皆一様に思うのですが、もしコゾフが夭逝してなかったら彼の才能はさらにどこまで大きく開花していたのだろう、と。1976年のこと、享年25歳でした。

 

Jimmy Page

皆様もご想像いただけるでしょう。Led Zeppelinでのジミー・ペイジの作品を耳にした後で、いったいどれだけ多くの熱心なギタリスト達がLes Paulを手にしたい衝動にかられてきたことか!ロック史上、最高のリフ・メイカーのひとりとして、ペイジは“Whole Lotta Love”や“Heartbreaker”などの楽曲に、ハードロックを再定義した、まさしくパワーを吹き込んできました。ペイジが切り拓きもたらした影響がなかったら、70年代、80年代を通してのロックギターのあり様はまったく別物になっていたことでしょう。

 

Jeff Beck

当時、Les Paulを弾くジェフ・ベックの腕前について、あまりに苦もなく容易く弾ききっているように見えたため、聴衆はジェフの妙技を時に当たりまえのことのように見ていました。2014年のインタビュー時に、エアロスミスのジョー・ペリーは、ベックについてこう表現しました。以下、原文まま引用。“ベックは派手なプレイも得意だし、やろうと思えばテクニカルなプレイはいつだって見せびらかせるけれど、彼はたった3音か4音からなるひとつのメロディをプレイすることで、15秒もの間ネック上で縦横無尽に弾きまくることと同じくらいの大きな衝撃を与えられる、ということを片時も忘れていないのだよ。それに、彼はいつだって、プレイの中にユーモアのセンスを取り入れることを忘れないんだ”

 

Slash

クラシックロック・スタイルのギターといえば、スラッシュの偉大なる功績に負うところが大であると、誰も異論はないでしょう。当時、けばけばしい衣装に身を包んだテクニカルなプレイスタイルのギタリストの時代の趨勢が変わるとき、スラッシュは原点回帰のスタイルを提示しました。偉大なリフや楽曲を活かすソロは、ある一定の短い小節のなかにどれだけ多くの音数をプレイすることができるのかという観点では定義されない、という前時代への回帰です。“当時皆がやっていた音楽と比較すると、自分のやったことは余計なものを取っ払った剥き出しのロックンロールだったんです”とスラッシュはのちにRolling Stone誌に語っています。そう、Les Paulこそクラシック・ロックを定義づけたギターそのもので、スラッシュはLes Paulとともに音楽上の主張を果たしたのだということを知っても、もう驚きはしないですね。

 

Duane Allman

デュアン・オールマンの焼き焦がすような熱いスライドギターサウンド!これほどまでに一聴して即座に識別できる強烈なロックサウンドは他にあるでしょうか?At Fillmore Eastでも他のアルバムでもそうですが、デュアンの一聴してわかる強烈なサウンドに触れるにつけ、彼は本当にギターと一体化していて、心の赴くままに彼の両手から導かれる音楽と完全に調和していることがわかります。ギターからこれほどまでに奥深い情感を紡ぎ出せるプレイヤーはそうそういません。オールマンの場合、たいていはLes Paul GoldtopかCherry BurstかDark BurstのLes Paulが相棒でした

 

Pete Townshend

Pete Townshendがロックギターにもたらした先駆的な影響がなければ、ロックンロールのギターは完全に別のサウンド(別の姿)になっていたかもしれません。熱いフラメンコ・スタイルのような腕を振りかざす身振りから風車のようなパワーコードまで、ピートは記念碑的ともいえるスタイルをギターにもたらし、因襲打破を叫ぶパンクスからテクニック至上の名プレイヤー達まで、ギタリストに衝撃を与えるスタイルを確立しました。The WHOを操縦するピートのベストの作品の多くはLes Paulで録音されていたと知っても、少しも驚きませんね。

 

Mick Ronson

並外れた実力と控えめな物腰により、Mick Ronsonはロックンロールの世界で最も愛すべきサイドマンとして知られるようになります。信頼を寄せるLes Paulとワウペダル以外はほとんど何も使用せずに、Ian Hunter、Lou Reed、David Bowieなどのアーティストの諸作品の製作作業を煌めくような感性で飾り立てました。時に、デヴィッド・ボウイのPinupsのアルバムでのように、ロンソンの作品への献身的な貢献は、扇動的なパワーコードとなって顕になったこともありますが、たいていは僅かなエレガンスや無駄を排したギターワークを注入することが彼のスタイルでした。

 

Joe Perry

ロックの偉大なリフの創造者について考えるとき、Joe Perryについての言及を抜きにしては語れません。Steven Tylerがエアロスミスの声であるならば、ジョー・ペリーは、その声を拡声し音楽を突き動かす力です。バンドが“Cryin’”や“Janie’s Got a Gun”のような曲の路線に舵をきった時でさえも、ペリーは彼らの音楽の王道を堂々と貫き、突き抜けていきました。“ジョーは整然と流れるようなスタイルを確立していて、それはキース・リチャーズを彷彿とさせるスタイルだ” とスラッシュはかつてRolling Stone誌に語り、最後にこう付け加えました。 “ルーズなスタイルで何ともクールだ”

Slash photo: Anne Erickson