
創業者ファミリーの故郷・ギリシャで、「共鳴」を意味する言葉にも通じるEpiphone(エピフォン)。創立150周年を迎える2023年、この時代に鳴り響くエピフォンの「サウンド」を伝えるため、数々のエピフォン・プレイヤーが登場する「THE SPECIAL COVERS」を展開します。「共鳴・反響」「重なるサウンド」「夢を受け継ぐ」というブランドテーマに沿ったスペシャルインタビュー。第5回目は、スモーキーともブルージーとも称さる個性豊かな歌声で、ファンを魅了する藤原さくらさんが登場。先頃手に入れたエピフォンのオリンピックは、ずっと探していた“自分のエレキ”の理想に近いものだったそうです。
[共鳴・反響] ギター選びのポイントはビジュアルと自分の声に合うこと
――今日は愛用されている、ヴィンテージのOlympic Double(以下オリンピック。1963〜70年に生産されたデュアル・ピックアップ仕様のモデル)をお持ちいただきました。渋めのチョイスですね。
楽器も売っているリハスタジオに置いてあって、行くたび吸い込まれるようにギターを見ていたら、スタジオの方が「弾いてみる?」と言ってくださって。それで試したら、自分の声にも合うし、特にコロッとした小さいサイズ感が女子にも馴染みやすい重さで、「これだ!」ってなりました。取材で紹介していただけるのは今回が初めてなので、とてもうれしいです。ホントにかわいいギターですよね。
――ギターはやはりビジュアルが重要ですか?
まずは、そこだと思います。服も同じですけど、ビビッと来るのが一番大事です。楽器に関してはブランドへの憧れや音の好みも、もちろんありますが、一目惚れで買ってしまうタイプですね。自分のエレキが欲しいとずっと探していたところに、オリンピックが現れてくれました。


――藤原さんと言えば、ナイロン弦のアコースティックギターを抱えているイメージが強かったと思うのですが?
ライブではずいぶん前からエレキギターも弾いていました。それはお借りしたギターだったので、やっぱり自分のエレキが欲しいと思っていたんです。
――初めてギターに触れたのはいつ頃だったのでしょうか?
弾き始めたのは10歳です。バンド活動をしていた父にギターをもらったのがきっかけでした。父がポール・マッカートニーの大ファンだったので、ビートルズのリフを教えてもらったり。

――そもそもの質問をさせてください。初めに、藤原さんが歌うきっかけになった原体験はなんだったのでしょうか?
姉がYUIさんの曲を聴いていた影響で、私もCDやライブで聴くようになって、「YUIさんみたいになりたい!」って思うようになったんです。シンガーソングライターという職業を知ったのもYUIさんがきっかけでした。
――現在の藤原さんとは声質が異なるアーティストですね。
そうですね。地元の福岡でいくつかのボーカルスクールに見学に行ってみたんです。自分の声がコンプレックスで、歌が上手いと言われたこともなくて。そんな中、あるスクールの先生だけが「無理して高い声出す必要ない。自分の持ち味を受け入れていい」と諭してくれました。このアドバイスは目から鱗でしたね。その先生に勧められたノラ・ジョーンズを歌って今の自分があると思います。そんな経緯もあるので、ギター選びはビジュアルと同じくらい、自分の声に合うことを大事なポイントにしています。

[重なるサウンド] 最近、不思議とエピフォンに導かれている
――ナイロン弦のアコギだけでなく、エレキも持つようになったきっかけは?
元々アコースティックな楽曲だけでなく、ジャンルを問わず音楽を聴いていたので、始めたての頃は父のエレキギターを借りて練習することもありました。
印象的だったのは、2019年のFUJI ROCK FESTIVALで拝見したステラ・ドネリーでした。エレキで弾き語りをする彼女のステージを見て、かっこいい!と思って。
――それがオリンピックに巡り合うきっかけになったんですね。
はい。このオリンピックは1966年頃のモデルみたいです。音色も太すぎず軽すぎずハリがあって、心地よくてすぐにライブで演奏しました。


――ステージではアコギと持ち替えながら弾くのですか?
はい。ナイロン弦のアコギと同じ足元のセットアップで弾いても違和感がありません。本当に使いやすい。この前のツアーでは、ルーパーのリズムの上にコードを乗せて、エレキでソロを弾くというスタイルをやってみたんですが、また一つ新しい世界にたどり着けた実感を得ました。エピフォンで弾き語りをしていると、これを選んだ自分センスあるな〜って気分になります。
――一目惚れからのベタ惚れですね。
サイズ的にもピッタリなんですよ。大きなギターを無理して抱えるのは苦手で。そう言えば数カ月前、ギターを買いたいという友人と渋谷の楽器屋さんを巡っていたら、ヴィンテージのエピフォンのアコギがあったんです。ピックガードに「E」のマークが入っているモデルがオシャレで、それも自分が欲しかったくらい。最近、不思議とエピフォンに導かれている気がします。


[夢を受け継ぐ] 「好きな音楽をやり続けられるように」という言葉を支えに
――通算4枚目のオリジナルアルバム『AIRPORT』が、2023年5月17日にリリースされます。2年半ぶりのフルアルバムになりますが、どんな内容ですか?
タイトルにふさわしく、全体を通してスピード感のある作品になりました。前作から時間が開きましたが、様々なジャンルに挑戦しているので、こんな感じの歌もあるんだと知ってもらえたらうれしいです。
――オリンピックが楽曲制作に影響したところはありますか?
以前はギターを弾きながら制作しましたが、最近は先につくったトラックに合わせて曲づくりをしているんです。ただ、曲ができてギターアレンジをするときには、今後オリンピックの力を借りる場面が増えると思います。もちろんライブでも。
――音楽以外に役者としての側面もあり、ここまでの活動を振り返って、自分は今どのあたりに立っていると感じていますか?
気付けばデビュー8周年を迎えました。音楽という、正解のない世界で自問自答を繰り返して、ライブでその答え合わせをしながら自分を解放する。音楽以外の活動では新しい知り合いができたおかげで生まれた曲もある。どちらも楽しく両立できていると思います。

――それは藤原さんの努力の賜物ではないですか?
……「私、頑張ってるなあ」とつぶやいちゃうことはありますね。いろんな仕事をすると、それぞれある程度の形になるまで時間がかかるのは仕方ないのに、最初から100に到達したい気持ちが強くなるところがあって。そもそも貪欲な性格なので、新しいチャレンジは好きなんです。今の私の目標は、長く続けることで、スタッフの皆さんからも「さくらの好きな音楽をやり続けられるように」と言ってもらえ、その言葉を支えにしています。あともう一つ、できれば5年以内にすべての楽器を自分で演奏したアルバムを出したいです。ポール・マッカートニーがやっているような。
――先に、YUIさんに憧れたという話をお伺いしましたが、現在は同じように藤原さんに憧れる人も多いはずです。そんな方に向けて、ギターとどんな関係性を持ったらいいか、アドバイスをいただけますか。
Fコードで挫折して、ギターを埃だらけにしちゃっている人が周りにも多いんですけど、とにかく自分の気分が上がるかわいいギターを見つけて、弾いてあげてほしい。ギタリストや歌手になる目的がなくても、ギターが弾けたら宴会の大スターになれますからね。私にとってのギターは、必ずそばにいてほしい相棒です。アカペラでもステージに立てるような歌の上手いタイプではないんですが、ギターがいっしょなら、どんなステージにも立てる。そんな最新最強の相棒になってくれたのが、このオリンピックです。

Text:田村十七男
Photo:横山マサト
Profile

藤原さくら
福岡県出身。1995年生まれ。父の影響ではじめてギターを手にしたのが10歳。洋邦問わず多様な音楽に自然と親しむ幼少期を過ごす。高校進学後、オリジナル曲の制作をはじめ、少しずつ音楽活動を開始。地元・福岡のカフェ・レストランを中心としたライブ活動で、徐々に注目を集める。シンガーソングライターとしてのみならず、役者としても活動。5月17日に4th ALBUM「AIRPORT」リリース。収録曲の「いつか見た映画みたいに」を4月19日から先行配信中。
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ギブソンについて
ギターブランドとして世界でアイコン的な存在であるギブソン・ブランズは、創業から120年以上にわたり、ジャンルを越え、何世代にもわたるミュージシャン達や音楽愛好家のサウンドを形作ってきました。1894年に設立され、テネシー州ナッシュヴィルに本社を置き、モンタナ州ボーズマンにアコースティックギターの工場を持つギブソン・ブランズは、ワールドクラスのクラフツマンシップ、伝説的な音楽パートナーシップ、楽器業界の中でもこれまで他の追随を許さない先進的な製品を生み出してきました。ギブソン・ブランズのポートフォリオには、ナンバーワンギターブランドであるギブソンをはじめ、エピフォン、クレイマー、スタインバーガー、ギブソン・プロオーディオのKRK システムなど、最も愛され、有名な音楽ブランドの多くが含まれています。ギブソン・ブランズは、何世代にもわたって音楽愛好家がギブソン・ブランズによって形作られた音楽を体験し続けることができるように、品質、革新、卓越したサウンドを実現していきます。
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