ギブソン・ブランズCMO × Michael Kaneko × 竹内アンナ
「ギブソンは楽器を越えた存在」それぞれの思いを語り合ったスペシャル・ディスカッション
2023年5月、ギブソン・ブランズCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)に就任したベス・ハイト氏が初来日した。それに合わせ、南カリフォルニアで育ったシンガーソングライターであり数多くのアーティストとのコラボやプロデュースでも活躍中のMichael Kanekoさん、ロサンゼルス生まれのシンガーソングライターで19歳にしてテキサス州オースティンの大型フェスに出演経験もある、竹内アンナさんの2名をお招きしてディスカッションを実施。ギブソン新CMOと、日米のカルチャーをルーツとしながら日本の音楽シーンで活躍する若き二人のアーティストとの会話から生まれたのは、国や言語を越えて共感できる音楽のような、親密で温かいリレーションシップでした。
音楽は国や言語を越えて共感できるもの
――初めに、それぞれの音楽、ギターとの出会いについてお聞きします。まずはベスさん。なぜギブソンで働こうと思ったのですか?
ベス・ハイト(以下、ベス) 入社して7年になりますが、子供の頃から音楽が好きだった気持ちがギブソンとの縁を紡いでくれたと思います。何でも聴きました。もちろんギターも。腕前はいまだにbadlyですが。
――アンナさんのきっかけは?
竹内アンナ(以下、アンナ) 子供の頃からの音楽好きはベスさんといっしょで、私はジャンルを問わず何でも聴いていた両親の影響が大きいですね。Earth, Wind & Fireの『September』を聴くと今でも懐かしい気持ちになります。ギターを手にしたのは、12歳のときにBUMP OF CHICKENの『カルマ』を聴いて、「私もギターを弾きたい!」って思ったからです。ちゃんとやりたくて13歳から習いました。すぐにのめり込んじゃいましたね。
Michael Kaneko(以下、Michael) 学生時代って何時間も弾けたでしょ。
アンナ そうですね! 弾いたまま寝落ちしたこともありました。
Michael 僕はギターとベッドに入っていましたよ。あの頃はプロになるとか考えず、ただ弾きたいだけだった。
――Michaelさんとギターの出会いは?
Michael 4歳でカリフォルニアに行って、クルマのラジオで音楽を聴く文化に育てられる形で、年相応のメインストリームに触れてきました。ギターは3歳年上の兄が先に始めて、僕が弾くようになったのは日本に戻った後の14、15歳くらいの時でした。当時、プロを目指してサッカーをやっていたんです。けれど帰国してみたら部活の仕組などにカルチャーショックを受けて、サッカーを辞めてしまいました。そのときに母親が何かやりなさいと言ってくれて、それでギター教室に通い始めました。
――正しく習い始めたのはお二人の共通項ですね。
Michael 結果的に、のめり込むまでの時間が短くて済んだのかもしれませんね。すぐにブルースにハマり、B.B.キングやジミヘン、クラプトンが好きになって、高校時代はクリームのコピーバンドをやりました。
ベス 二人ともギターが先ですか?
アンナ 私はそうです。歌に自信がなかったので。
ベス そんなに素敵な歌声なのに?
アンナ 歌いたくなったのは、テイラー・スウィフトやアヴリル・ラヴィーンを見て憧れたからです。最大の出会いはジョン・メイヤー。高度なギターテクニックを披露しながら歌うスタイルに感動して、私もあんなふうになりたいと強く思いました。
Michael 僕もジョン・メイヤーの影響が大きいんですよ。ギターだけではない表現を探したとき、ギターのサウンドの上にメロディが、つまり歌が重なるのはおもしろいと気付いたんですね。それをジョン・メイヤーがやっていた。
ベス 共通点が多い二人の話で印象的なのは、学生時代に楽しいものを見つけられたことが、今も音楽を続ける原動力になっていると思えたこと。それから、こうなりたいという目標やロールモデルに出会えたのも素晴らしい。そう言えば私もEarth, Wind & Fireを聴いて育ちました。ライブにも行きましたよ。
Michael 僕の人生初ライブも、11歳のときラスベガスで体験したEarth, Wind & Fireだった!
アンナ 私も高校生で来日公演を見ました!
ベス 何という共通点でしょう⁉
Michael 自分の親より上の世代も踊りまくっていたのは衝撃的でしたね。
ベス 音楽が国や言語を越えて共感できるものであることを、この3人で証明できましたね。
ギブソンによって新しい音楽が生まれていった
――ベスさんは、アーティストやメディアなど、この世界とギブソンをつなぐマーケティングの責任者を務められています。特に思い出深い仕事はありますか?
ベス 現在はカルチュラル・インフルエンス(文化的影響)を軸に、アーティストとブランドの関係性を深める活動が中心ですが、一つ挙げるなら、ギターを弾きたいけれど持てない若い人たちを支援する社会貢献プロジェクトに携われたのはラッキーでした。
――やはりサポートすべきは若者ですか?
ベス 絶対的にそうだと思います。次世代を担う人たちのサポートには大きな意義がありますし、そこから音楽の最先端で活躍するアーティストが生まれることは、私の幸福にもなります。
――ギブソンはハイブランドで、若年層には憧れの存在です。その位置関係において、どのような接点を持たせるのですか?
ベス おっしゃる通りギブソンは、アメリカの工房で製作されるプレミアムギターです。一方で私たちには、ギブソンの技術を投入しながら価格的に求めやすいブランドである、エピフォンもあります。そうしたブランド別の特性を生かす形で広い世代をサポートすることができると考えています。とは言えエピフォンには、ギブソンより長い150年の歴史がありますから、どちらも尊敬に値するブランドですし、音楽に貢献するという最終ミッションに違いはありません。
――ギブソンに対する憧れ、アーティストのお二人はいかがですか?
アンナ いつかは欲しいギターでしたね。エレキならギブソンと思い続けてきました。ですが、私が中学生のときに使っていたレスポールはエピフォンでした。価格面もあると思いますけれど、若い人に近い存在でしたね。
Michael 「実は」という話題が今日は多いのですが、僕が初めて弾いた兄のエレキもエピフォンでした。
ベス 驚くほど共通点ばかりですね。
Michael ギブソンは昔からあるカッコいいギターのイメージが強くて、まずは見た目に惹かれますね。335もレスポールもSGも、とにかくカッコいい。もちろん音も、たとえばレスポールのハムバッカーは唯一無二のトーンだけれど、僕はまずギブソンの形が好きです。
――ギター選びはルックス優先ですか?
Michael ライブで使うなら様々な条件が入ってきますが、テンションが上がるのは見た目。とにかくカッコいいギターを弾きたい気持ちが勝ちます。
アンナ 私も今の335を買うときは15本試奏して、そのたび写真を撮ってもらって自分に合うものを選びました。見た目、大事です。
ベス 私がギブソンに対して敬意を払うのは、約100年前の録音技術創成期からギブソンがあり、ギブソンの存在によって新しい音楽が生まれていったことです。その経緯の中で二人のようなアーティストとのつながりが深まり、アイコニックなブランドに成長した事実に思いを馳せると、いつも鳥肌が立ってしまうのです。
音楽とギターが好きな世界中の人々とより深くつながるために
――存在というワードが出たところで、あえて答え難い質問をします。アーティストのお二人にとってギターとはどんな存在ですか?
Michael 現実からエスケープできるツールでしょうか。その世界に入ったら他のことをすべて忘れて夢中になれるという。ライブを見てくれる人たちも同じ感覚だと思います。
アンナ 楽しい世界に連れていってくれる期待がありますよね。言葉で説明できないものを音や歌に乗せると。
ベス それが音楽の自己表現による、言語を越えた世界観なのでしょう。この3人が時も場所も違うところで触れたEarth, Wind & Fireでつながれるのも、その力のおかげです。
Michael 安心感を与えてくれる存在でもあります。今は他の楽器や機材でも曲をつくりますが、歌うならギターがないと少し不安になるんですよね。
アンナ 私も楽曲制作ではギター以外を使うようになりましたけれど、自分にとっての芯はやっぱりギターです。こんなに楽しい楽器は他にないから、みんながそれを知るきっかけになれたらいいなとも思います。
Michael アンナさんはスラップ奏法も自由自在で凄いですよね。
アンナ いえいえ。技術向上も目標の内ですけれど、ギターには常に発見がありますよね。こんなこともできるんだって。それを考えると、いい意味で永遠に完成しない楽器なのかなと。
ベス 道を究め続けるということですね。
Michael その観点で言えば、ギターは何歳になっても弾けますよね。クラプトンを見ていても一生続けられるんだと思える。ギター自体も一生物になるし。
アンナ おばあちゃんになっても弾き続けたいですね。
Michael 困るのがギター欲。これも一生続きそう。
アンナ 確かに……。
ベス その絶えないエモーションを注げる存在をお届けできるのも、私にとっての喜びです。他にないですよね、いっしょにベッドで寝てしまうようなものは。それはやはり、愛情なくして叶わない自己表現の手段に不可欠なものだからでしょう。ここで私から質問させてください。ギブソンからアーティストにできることはありますか?
アンナ していただいて感謝したのは、伝統があることです。私の335は1961年のリイシューで、当時物は手に入れ難いけれど、再現や復刻という形で触れさせてもらえたことがとてもうれしかったんです。それは伝統のあるブランドでなければできないことですよね。
Michael 僕はギブソン・ギターフェスの開催を望みます。ステージ上にあらゆるギブソンが並んでいて、それを選びながらライブができるというような。
アンナ 私もお願いしたいです。
ベス 今日は本当に「実は」が多いのですが、構想としてギブソン・ライブの計画があります。ここ日本でも。それは音楽とギターが好きな世界中の人々とより深くつながるために、誰よりも私が実現させたいプランです。
――そんな楽しみな計画を含め、ベスさんはギブソンをどんなブランドにしていきたいと考えていますか?
ベス ギブソンは楽器ではありません。アーティストとつながるための機会です。そんな楽器を超えた存在であることを、伝統を踏まえて世界中に伝えていきたい。それが私の使命です。日本の若いアーティストとお話しさせてもらえたことは、私にとってもギブソンにとっても、未来を培う財産になります。今日はありがとうございました。
Text:田村十七男
Photo:横山マサト
PROFILE
ベス・ハイト(Elizabeth Heidt)
入社当初はエンターテイメント・リレーションを担当。2021年にカルチュラル・インフルエンス部門のバイス・プレジデントに昇格。2023年5月、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)に就任。今回初来日を果たす。
Michael Kaneko
湘南生まれ、南カリフォルニア育ちの日本人シンガーソングライター。デビュー前にボーカリストとして起用されたTOYOTAPanasonicのTVCMに問い合わせが殺到。ウィスパーながらも芯のあるシルキーヴォイスが早耳音楽ファンの間で話題となる。『Westbound EP』でデビュー後、卓越したソングライティングと圧倒的なパフォーマンスが注目を集め、プロデューサーとして森山直太朗、あいみょん、CHEMISTRYなどを手がける。さらに大橋トリオ、ハナレグミなどのライブやレコーディングにも参加。CM楽曲や映画・アニメの劇伴音楽も手がける。コラボレーション・プロジェクトとして、ハナレグミ、大橋トリオ、さかいゆう、藤原さくら、さらさを迎えたアルバム『The Neighborhood』をリリース。MUSIC ON! TVでは、2022年まで番組レギュラーMCをつとめるなど、音楽にとどまらず活躍の場を広げている。
竹内アンナ
1998年4月25日、アメリカ・ロサンゼルス生まれ日本・京都出身。
ポップミュージックを基盤にしつつ、その世代や生い立ちからジャンルに捉われない解釈、卓越されたギタープレイで熱心な音楽ファンから、また同世代のアイコンとしても注目されているシンガー・ソングライター。自身の音楽活動以外にもKinKiKids、坂本真綾、伊藤美来、菅沼千紗、UNCHAINなどへの楽曲提供のほか、ハウス食品株式会社のテレビCM歌唱、映画「SING/シング:ネクストステージ」の日本語吹き替え版ではウサギ役として配役されている。2023年の8月23日には新曲「たぶん、きっと、ぜったい」の配信リリース、11月からは毎年恒例の弾き語りツアー「at ELIER」も発表されている。
ギブソンについて
ギターブランドとして世界でアイコン的な存在であるギブソン・ブランズは、創業から120年以上にわたり、ジャンルを越え、何世代にもわたるミュージシャン達や音楽愛好家のサウンドを形作ってきました。1894年に設立され、テネシー州ナッシュヴィルに本社を置き、モンタナ州ボーズマンにアコースティックギターの工場を持つギブソン・ブランズは、ワールドクラスのクラフツマンシップ、伝説的な音楽パートナーシップ、楽器業界の中でもこれまで他の追随を許さない先進的な製品を生み出してきました。ギブソン・ブランズのポートフォリオには、ナンバーワンギターブランドであるギブソンをはじめ、エピフォン、クレイマー、スタインバーガー、ギブソン・プロオーディオのKRK システムなど、最も愛され、有名な音楽ブランドの多くが含まれています。ギブソン・ブランズは、何世代にもわたって音楽愛好家がギブソン・ブランズによって形作られた音楽を体験し続けることができるように、品質、革新、卓越したサウンドを実現していきます。