偉大なるギブソンギター:EDS-1275

2019.03.05 - 特集記事

 

今回はEDS-1275に関するGibson.comによるアーカイヴ記事(2017年12月当時)をお届けします。昨今、”less is more” (より少ないものに集中すればそれをより多く生かせる)というミニマリストに見られるライフスタイルが多く聞かれますが、時には”more really is more”(より多くのものはより多くをもたらしてくれる)という考え方が妥当と思えることもあります。例えば、ギブソンEDS-1275から得られるものがそれにあたります。ラッシュの桁外れの名盤”A Farewell To Kings”の豪華な40周年記念アニヴァーサリー盤の再発に際し、アレックス・ライフスンのギブソンEDS-1275はスタジオでもライヴ会場でも大きな話題の的となっています。世界中のプログレッシヴロックファンは、全時代を通して最もアイコン的な存在のモデルのひとつであるEDS-1275を手にいれることを夢見るでしょう。但し、この点は見落とさないでください。EDS-1275は決してプログレ専用のギターではないのです。

 

Double Trouble(注:ダブルネックのダブルとかけてちょっと厄介な事情の意)

ギブソンのダブルネックギター製造の歴史を紐解くと、実に1930年代まで遡ることになります。1937年製のESH-150が最初期の1本です。顕著なことは、そのギターは実際にギブソン史のなかで、最初のソリッドボディモデルだったのです。しかしながら、そのモデルは6弦/8弦仕様のマンドリンタイプのモデルだったため、一部のユーザー層への訴求に限定されていました。当時まだ1937年という時代背景では、まだロックンロールの黎明期の端緒も見えない頃だったのです。

1950年代後半に登場した、EDS-1275と名づけられた最初のモデルは、実際には、ホローボディ構造で削りだしのスプルースによるボディトップを擁し、サウンドホールは設けられていませんでした。(そのモデルは、6本の弦が張られたネックを2本擁し、片方はショートスケールとなっていて1オクターヴ高くチューニングされていました)“1275”というワードは12弦であることとは関連性はありません。6弦/12弦のタイプのEDS-1275が登場する前に、あらゆる変更や修正がなされてきました。今日我々の知るEDS-1275の仕様になるのは1962年のことです。こういった事情から、プレイヤーによってはクラシックなEDS-1275といえば“SG doubleneck”だと永遠に認識する方もでてくるでしょう。そのボディシェイプやオールマホガニーによるボディは、当時のギブソンギターの核であったエレクトリック・ソリッドボディギターのデザインをそのまま受け継いでいましたが、実のところ1275は今まで“SG”と呼ばれたことはありません。シングルカッタウェイ仕様のレスポールは、1963年当時生産されてさえいませんでした。しかしながら、その時以降、EDS-1275は次第に人びとの心の奥底に忍び込み、驚異的に映るギターとして認識されるようになったのです。

 

 

The Players

ジミーペイジは周知のとおり、1970年代の初頭、レッドツェッペリンの“Stairway To Heaven”の演奏において1275を巧みに操りました。しかしながら、1275の生産は1968年の時点で既に終了していたのです。

“ギブソンがダブルネックを作っていたのは知っていたし、その存在はなんとなく知っていたさ” とページは後年回想しこう続けました。“4枚目のアルバムで‘Stairway’を取り上げ録音し終えた後、その楽曲は必ずライヴで演奏しなければならなくなったんだ。もともと12弦のアコースティックギターとエレキギターで録音されていたんだ。私には歩調を合わせるのに役立つ何かが必要だったんだ。お分かりでしょう。即座にエレクトリックの12弦と6弦のネックを使用できるようにね。まさに1275がうってつけだったんだ。ダブルネックはこの課題を乗り越えるソリューションだったんだ。ギブソンのダブルネックはアイコン的な存在になっているよね? ライヴで‘Stairway’をプレイするためには、ダブルネックを使うしかなかったし、それが形になったんだ。ダブルネックは‘Stairway’にぴったりだったんだ” ところが実際には、“Stairway...”だけではありませんでした。ペイジは、“Rain Song”、“Celebration Day”そして“The Song Remains The Same”でも1275をプレイしました。

 

 

しかしながら実のところ、ペイジは1275を使った一番最初のブリティッシュロックのプレイヤーではなかったのです。The WhoのPete Townshendは1967年、“Substitute”のライブヴァージョンで1275を使用しました。その楽曲でも12弦サウンドが必要とされていますよね? しかしピートは、何とかして粉砕してしまおうとやらかしてしまいました。歴史書を紐解いていただき、1967年のロンドンSaville Theatreでの写真をご確認ください。その写真でのピートの1275の2本のネックは平行になっていません。明らかに壊れ(壊され?)た後で再度取り付けられ最低限の簡易補修がなされたものです! それでもタウンゼンドは1275に対し十分に関心を持ち続け、遂にもう一本を購入することになりました。彼のソロアルバム “… Chinese Eyes”のポスターに写る1275です。もちろんそのアルバムで使用されました。

60年代後半に遡ってみると、シカゴのブルーズチャンピオンであったEarl Hookerもまた1275を使用した天才プレイヤーでした。(上方に掲出の”2 Bugs and a Roach and A Moon Is Rising”のアルバムジャケットをご覧ください) フッカーは1970年に結核により悲劇の死を遂げました。享年40歳。彼は生前、当然受けてしかるべきスポットライトを浴びることはありませんでした。

1970年代に入り、多くのプレイヤー達がマルチトラックの(ギターの多重録音が施された)楽曲をライヴ演奏するという難解な課題を解決しようと、1275に向き合い始めました。イーグルスのドン・フェルダーが回想するには、“Hotel California”のオリジナル録音に際しギターだけでもそれぞれ異なる16トラック分をレコーディングしていたので、ステージでの演奏となれば、イントロの12弦のアルペジオにせよアウトロのリードギターソロにせよEDS-1275の使用が唯一の取り得る選択肢であった、とのことです。ペイジのEDS-1275同様、フェルダーのEDS-1275もひとつの楽曲と決して消えることのない結び付きの関係となりました。(いまだに論議される楽曲が“Stairway To Heaven”や“Hotel California”だとしても、ご心配ご無用です!)

オーヴァーダブを多用しマルチトラックを操るプログレ界の名手、アレックス・ライフソンにとっても、EDS-1275はかけがえのないギターであることが証明されました。ちょうどラッシュがまさにブレイクしようという時、彼はフェルダーと同様のホワイトのEDS-1275を手に入れていたのです。ラッシュはちょうど”2112”のツアーを終え 、彼らの音楽は更に複雑化し、ライヴショーはより野心的になっていった頃です。“あの白いEDS-1275について、チェリー色の1本といっしょに1976年に手に入れたんだ。そのチェリー色の方は後にエリック・ジョンソンにあげてしまったんだがね” とライフソンはgibson.comへ語りこう続けました。“あのギターはずっと自分とともに歩み続けているよ。Farewell To Kingsのツアーで常に使い続けながらね。1977年から1983年まで、そして1991年から1996年まで、主に‘Xanadu’の楽曲でだね。‘Xanadu’、‘Something for Nothing’そして‘Vapor Trails’のような楽曲の録音で使用したのだけれど、他の曲でもアクセントとして使ったかもしれない。全部は思い出せないや!”

 

 

他に1275のプレイでよく知られたプレイヤー達について、ジョン・マクラフリン(70年代初期のマハヴィシュヌ・オーケストラ)、デフ・レパードのスティーヴ・クラーク(1987年から88年のヒステリア・ツアーにて)、70年代のスティーヴ・ミラーらの名を挙げることができます。そしてエース・フレーリーやエディ・ヴァン・ヘイレンらについては、彼らの機材コレクションで少なくとも1本は所有しているはずです。スラッシュも1275のファンです。彼は数本所有していますが、“Only Women Bleed”、 “Knockin’ On Heavens Door”や“Patience”の演奏時、とりわけ、リフィ二ッシュされた黒い1275を使用する傾向が強かったです。彼は、1991年の”Use Your Illusion” ツアーからヴェルヴェットリヴォルバー期を通して”Not In This Lifetime” ツアーに至るまで使用していました。The Flaming LipsのWayne Coyneについても、Mark Ronsonが2008 BRIT AwardsにてAmy Winehouseとともに“Valerie”をプレイした時に使用したように、1275をプレイしたことがあります。ギターのルックスは状況如何でこの上なく重要ですね。

こうしてみてくると、EDS-1275はプレイヤー達を本当に魅了するギターだということに疑いの余地はありません。どうぞ、以下の動画をご覧ください。ギブソン・カスタム・ショップが復刻したアレックス・ライフソンのEDS-1275モデルについて、本人自ら語っています。

 

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ギターブランドとして世界でもっともアイコン的な存在であるギブソン・ブランズは、今まで100年以上に及びジャンルを越え、何世代にもわたるミュージシャン達や音楽愛好家達の最高のサウンドを創造してきました。1894年に起源をもち現在はナッシュヴィルに本社を構えるギブソン・ブランズは、ワールドクラスのクラフツマンシップ、伝説的音楽の創造との密接な結び付き、そして革新的な製品開発など、これまでに脈々と受け継がれてきた伝統とレガシーを誇り、楽器メーカーの中で突出した存在感を示してきました。ギブソン・ブランズの製品ラインには、ギターブランドとして頂点に位置するギブソンに加え、エピフォンやギブソン・プロオーディオ部門のような、製品の存在感とともにファンに愛され続けている多数のブランドも含まれています。ギブソン・ブランズは、未来の音楽愛好家達がこれまでと同様にギブソン・ブランズの楽器によって創造された音楽を体験していただけるよう、クオリティ、革新性、卓越したサウンドの実現に全身全霊を注ぎます。

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